第14話 始まり
「これが、本当にお前のしたいことだったのか?」
桜の問いに、それまで歓喜の声をあげていた口が止まる。
したいこと──したいことだって?
「当然だ。お前たちに報いを与えることこそが我らの──」
「違う。お前のしたいことだ」
俺たちの答えを桜が遮る。
「我らの、というのが誰を指しているのかは知らないし興味もない。私が聞いているのはお前のことだ」
「は」
問いかけの意味がわからなかった。
俺のしたいこと。藤原悠司がしたかったこと。それは、この悍ましい真実を突きつけることではなかったか。
己の内側の思考を探ろうとする。願望──存在意義とは違うもの?
求めていたものはなんだったか。我らは何になりたかったのか。それ以上に、藤原悠司は何になりたかったのか。
しかし探ろうとするその行いはもはや無意味だった。藤原悠司だったものは無数の存在と同化してその境界線が消失していた。願望も感情も想いも、何もかもが極彩色の絵具のように混ざり合って区別が不可能になっていた。
だから“俺”という存在はすでに消えていた。ここに在るのは“我ら”という混ざりあった単一の存在のみ。表面上に現れているこの藤原悠司の人格と肉体は、あくまで集合意識たる我らの単なる出力装置としての意味合いしか持っていない。
人間の集合意識である以上、願望を叶えるためには人間の言葉で喋る疑似人格と人間として行動するための肉体が必要不可欠だ。そのためにほんの僅かながらに、その他の意識と藤原悠司の意識とで差があり優越されているだけで、それ以上の違いはないのだ。
したがって彼女の問いの答えは、藤原悠司がこうなった時点で永遠に失われていた。
脳裏に響く声は怒り。胸中に到来する感情は不快感。答えを得る必要はなく答える必要もない。我らはもはや我らでしかないのだから。
「……気に入らない」
感情のままに吐き捨てて俺たちは桜を放り投げた。触手から解放された彼女は地面に叩きつけられてもすぐに体勢を整えた。
「私は、お前を斬りたくはない」
「
桜が斬りたくないと言っているのは恐らくは仲間を斬りたくないという意味だろう。
しかしそれは記号だ。藤原悠司を斬りたくないわけでも我らを斬りたくないわけでもない。ただ単純に同じギルドで過ごしていた名もない何者かに仲間というラベルを貼り付けて、容易に敵対したくないというカテゴリーに機械的に分類しているに過ぎない。
「そんな欺瞞が我らに通じるとでも? お前たちは自分が放っている言葉の意味さえ理解していない!!」
そうだ、こうして話していることさえが無意味な行いなのだ。目の前にいる3人はいずれも藤原悠司のことを仲間だと認識しているだろうが、それは誤謬だ。
彼らは藤原悠司を個人として認識さえしていない。ただ同じ施設で寝食を共にした相手をすぐに敵対視することが、彼らの倫理観と呼ばれる機械的な判断に反するが故に、口から言葉という無意味な記号を垂れ流しているに過ぎない。
その無意識な行為に意味を見出している。奴らの罪はそこにある!
冷えていた感情に再び熱が入り吹き上がる。業火と化した言葉が喉をせり上がり口から吐き出される。
「それこそがお前たちの罪科そのもの! 己の無知さえ分からぬ、知性のない獣に等しい存在たるお前たちには罰を下そう! 神が下さぬというのならば、我らが下そう!」
「悠司っ!!」
桜の叫び声も何の意味もなさない。そう、全ては無意味なのだ。
泥の触手が1人ずつ巻き上げたギルド員たちを空へと掲げる。月明かりが我らと罪人どもを照らし出す。
「さぁ見届けるがいい! 咎人にあって、しかし選ばれた者どもよ! お前たちの苦痛の絶叫によって、その罪を贖おう!!」
1人が触手によって圧死。それに続いて1人、また1人と次々に形ある命を無意味な血と肉の塊に戻していく。
女の悲鳴が聞こえる。男の絶叫が聞こえる。命乞い。怒り。苦しみ。祈り。嘆き。すがりつく叫び声が夜闇に木霊する。
月光によって伸びた影が桜を、怜司を、蒼麻を覆い隠していく。
光は我らを照らし出さず。影にこそ我らの存在すべき場所がある。その中にお前たちを飲み込もう。
さぁ今こそ──全ての終わりを始めよう。
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