~幕間~ マジでサイテー

【AからZまで全部網羅

 俺にかりゃ皆ゲームオーバー

 味わってくれや絶望感

 言の葉の力でテッペンとった


 ABYSSからZENITHそれが俺の全て

 賞賛なんて浴びず天さえ手にする俺なりの術で


 ──Air-Z/Animus-Zenith】 



 いつの間にか走り出していた。

 客席を抜けて、ほとんど人のいない通路を駆ける。

 だいぶ前に俺もこの会場にはバトルで来たことがあった。だからバックヤードの場所は知っている。

 関係者しか入れないその出入口には、斑鳩さんがしたり顔で立っていた。きっと、待っていてくれたのだろう。

 彼女にしては珍しく無言で、早く行けよとばかりに顎をくいと動かす。

 俺はそれに無言でありがとうと言いながら、扉を潜り舞台裏へと向かった。

 果たして、そこには前髪が汗で濡れて少しばかりくたびれた天鬼がいた。けれどその全身からは、間違いなく今までの比じゃない負けん気を漏れださせている。

 なんて言えばいいのだろう。分からない。ビートの上でなら、咄嗟に最適な言葉がいくらでも浮かんで来ていたのに。今言うべき言葉を見つけるのには、少しだけ沈黙が必要だった。

「……やったな」

「……うん」

「…………。」

 衝動のままにやってきたはいいが、いざどうしたものか分からなくなっていた。あんなことを言ったのに、そのあと弁明もしていないのに、今更どの面下げて……。

 そんな想いが出会ったあとで湧いてきた。バトルの興奮に浮かされて、忘れていたリアルが。

 謝った方がいいのだろうか。そう思い、なにか言おうと口を開いた。その時には耳に声が届いていた。

「──次も負けないから。みてて」

 その声ですべてが伝わった。彼女の想いも意志も。声に力がある。ラッパーの声だ。

 だから迷わず返事をした。

「おう」

「うん」

 教師なのに、生徒に教えられている気がする。あの時の斑鳩さんもこんな気持ちだったのだろうか。いや、そんなわけはないか。

 なんて意味の分からないことを考えていると、天鬼もいつも通りの真顔にほんの少しだけの笑みを入れて、相変わらず訳の分からないことを口にした。

「ウィニングラップで、せんせーとエキシビションマッチしようかなw」

 ただ、その意味の分からなさに、惹かれる自分がいた。

「……いいな、それ」

「でしょ?」

 イタズラに首を傾げる。

「ああ。だから負けんなよ」

「もち」

「じゃあ、みてるから。それじゃ」

 自信満々な彼女を見て、もう俺なんていらないと感じた。後は目の前の敵に集中さえすればいい。相手は恐らくあのRequiemになるだろう。恐らくは今までのどの相手よりも、シンプルに強い。

 けれど、彼女ならやれる。俺はそう信じているから。俺を変えてくれたお前なら、どこまでもいける。最強だった俺に憧れて、今でも信じ続けてくれているお前なら。

 だから背を向けた。師匠としての役目は果たしたから。もう免許皆伝だ。俺から言うことなんてもう何も無い。客席の方へ歩き出す。心の中で、ありがとうを唱えて。

 はたして、背中越しに声がした。

「……ねぇ、ディスっていいでしょ?」

 挑戦的で、けれども不安そうな声。まさしく思春期にしか出せないような、とても尊い声。

 ならそんな彼女に師として言う言葉は、これしかないだろう。

「そうだな。思う存分やれよ。さっきみたいに──マジでサイテーにな!」

「……うん。ありがと。……ふふっ」

 そう言って笑う彼女は、どこまでも美しかった。

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