第八章 交わるライバル


『彼女の存在が、新時代に火を灯した。若さとは裏腹にオールドスクールな泥臭い押韻と、若さを全面に出したゴリゴリのバイブスを併せ持つ喧嘩番長。今宵、若手の中で最も強い熱量を持った彼女が、舞台を灼熱に染め上げる。赤熱の金剛力士、仁王!!!』


 彼女はそう紹介されて壇上へと上がって行った。

 ZAKUROの良き友であり、ライバル。

 お互いにここまで勝ち進んできた2人。ついに準決勝の舞台で相見える。

 スポットライトの下見つめ合う少女と少女。1人はマイペースに微笑む。1人はひたすらメンチを切る。それは普段と全く変わらない。学校でも2人はいつもバトルをしていた。その延長線上で、今日ここにまた新たな戦いの火蓋が切って落とされる。

 青いインナカラーが綺麗で透明感のあるサブカル系美少女と、赤髪ロングが目を引くゴリゴリのキレカワヤンキー。

 どちらも大注目されているルーキー。更には正反対な女子高生ラッパー同士。そんな2人の対決とあって、観衆も尋常じゃない盛り上がりを見せている。

 彼女達の闘志。観客の期待。猛烈な人間の感情の渦巻きが、ハコをありえない熱気で満たす。

 先攻後攻を決めるじゃんけん。5回のあいこの後に仁王が勝ち、先攻を選択。

 ビートは──。

 流れ出すのは青春系のチルいナンバー。【あしな】で【school in the monster】。2人の対決にはこれ以上ないってくらいピッタリの楽曲だ。それ以外何も言うことは無い。

 そしてここからは準決勝ということで、8小節2本ではなく、8小節4本での勝負となる。より過酷で深いバトルになることだろう。

 熱気だけでない、時は満ちた。

 開戦の狼煙が上がる──。


『では行きましょう!先攻仁王、後攻ZAKURO!8の4本です、ビートはDJ阿賀良瀬!レディ──ファイト!!』


1

「よお!!!! ZAKURO!!! 待ってたぜこの時を!!!

 お前とやるのは何回目? そんなのもうわかんねぇ!

 関係ねぇ! 何度だってやるだけ! 勝つまで!

 吐くまでだってラップしたし100までだってラップしてやるよ!


 そんくらいの覚悟持ってきてんだよ! あくまでうちはラッパー!

 今日は圧倒するぜ熱さで! 根暗は立ち去れ!

 憧れのLFDに勝ってここに立ってんだ!

 ぜってぇこの舞台降りねぇ、最後の一人なるまで!!!!」


 熱い!!!!

 練習の時点で熱かった仁王だが、ガチの試合となるとその比じゃない!バイブスがヤバすぎて並のMCならそれだけで押し負けそうだ。

 それでいてエモい。相手との関係性を端的にラップしてそのバックボーンを想像させる。

 更にその最中にお手本のような脚韻。ただ以前と違いお尻以外でも踏めるようになったのが、彼女の努力とZAKUROの影響を伺わせる。

 仁王の魂がこもったワンバース目。さあ、ライバルはどう返してくる?


≪うーん付き合いたてのカップルみたいにあつあつ

 でもその熱ってどーせすぐ醒めるんだよね

 私さっき雪音娜倒してきた

 だから代わりにあんたも凍らしてあげる≫


 きた!ZAKUROのユーモア溢れるディス。

 1個前の試合の内容も降り混ざっていてフリースタイリー。

 これはまさしく、さっきの試合でリベンジに燃えていたZAKUROの熱気を削いだ雪音娜の冷淡なアンサー、その再現。

 大会を通して見ている観客からすると、倒した敵の力を借りて次の敵に向かうZAKUROの姿は、まるで少年漫画の主人公かのよう。これは間違いなくアガる。


≪吐くまでラップした?弱音吐くまでの間違いでしょw

 相変わらず悪さでパクられそうな見た目

 楽だね誰かの猿真似スタイル。用意してきた韻ばっかで萎え萎え~

 まるでコブに栄養蓄えてるラクダね≫


 上手い!「はくまで」の同音意義を駆使した子音踏み!

 からのいつもの怒涛の押韻ディス!

 そして最後は彼女特有の独特な表現で〆。

 仁王が最初からフルスロットルなら、天鬼も初っ端からZAKURO節全開!

 これは全く先が読めないぞ──!


2

「ああ? 悪ぃかようちにとっちゃ韻こそが大事な栄養!

 誰が猿真似? こんな韻踏んでバイブスあんのうちくらいだろ?

 韻とバイブス最高のミックス、

 まるでカツカレー。それかあんず飴!!」


 前半2小節、ガンもバリバリに飛ばしながら語るように反論畳み掛け、3.4小節目で分かりやすく硬い韻を踏む。

 ゴリゴリのヤンキースタイルでかましつつも、その実手堅い手法で魅せる仁王のいつものスタイル。それが早速決まった!


「今日はマジでおあつらえ向きの舞台! 送る餞!

 だいたいお前の方が猿真似なんだよZAKURO!!!

 憧れてんだろAir―Z?

 お前の人生照らしたかもしれねえが実際ディスるだけの雑魚MC」


 ──。

 急に予想外の展開になり困惑する。

 Air―Z?そいつの名前、いまだしてどうするんだよ──。


≪よく言うね、闘ったらあんた確実にタコ負け

 雑魚はどっちかな仁王。非常に名前負け

 地元でイキるだけの気性荒い異常児童

 二度と過去の話出すなどぁーほ!


 だいたいディスるだけって何が悪い。ここは戦場

 ディスられたくないならアイドルに転向すれば?

 学校転校はして欲しくないけどね友達だし

 てかさすがにカツカレーてダサくない? 完全にギャグだね≫


 ……Air―Z、ディス、カツカレー、与えられた3つのテーマ全てにきついお灸を据えるZAKURO。

 仁王の母音である【いおう(お)】で踏みまくりながらの【地元でイキるだけの気性荒い異常児童】というエグいディスが仁王につき刺さる。

 それでいて転校はして欲しくないと正直に言ってしまうところがフリースタイリーでソウルを感じさせてエモい。

 ただ、仁王が恐らく言いたかった核心を、ZAKUROは上手く逸らした様に思えた。彼女にしては珍しく本心を隠して。そこをきっと次のバースで彼女は着いてくる。きっとZAKUROも、それは分かっている。そして、俺も──。


3

「なんだそれ、お前アイドルに恨みでもあんのか

 しねぇよアイドルに転向。面と向かって本音言えねぇ仕事なんて御免よ

 炎上とかしたらセンコーの相手並みに面倒だろ

 転校もしねえ。お前とエンドロールまでエンジョイしてぇからな」


 音に合わせると言うよりは音の中を強引に突き進んでいく様なフロウ──熱く、ただひたすらに熱く仁王が畳み掛ける。それは今、一方的に捲し立てているのに、対話。それは間違いなく対話だった。語りかけ、歩み寄り、そしてその上で異を唱える。否定して相手を下げるのではなく、否定してさらに高みへとお互いを上げる。

 これこそが、仁王の達した境地。魂、心意気、そういった本来心の奥底にあってみえないものを、燃えたぎる彼女の熱量によって可視化されたとこちらが錯覚するほどに、思い切りさらけ出し、ぶつける。

 その場にいた全員が、彼女の熱に感動を呼び覚まされていた。


「だからこそするぜ過去の話

 憧れに囚われすぎて見てらんねえ

 賛成できねぇディスへのこだわり

 完全に終わり。だから、死んでろおだまり?」


 ──。

 息を飲んでしまう。

 今彼女が言ったのは、俺がZAKUROに伝えたかったこと。それそのままの内容だった。

 天鬼に伝えきれなかったその言葉を、彼女が代わりに伝えてくれた。

 オトノハに乗る本音。

 それならば、彼女の心を変えられるのだろうか。


≪ディスへのこだわり?そりゃあるわ

 気づけよ、小馬鹿に──されてること──おわかり?

 アーイ?アイドルに恨みなんかなーい

 とりたいのはタイトル。ノートに書いとく≫


 動かない。

 天鬼ざくろの心は変わらない。

 彼女はディスに命を捧げたのか。

 完璧なアンサーと完璧なディス。

 まるでいつかの誰かのような──。


≪改札抜けるのすら出来なかったあたしが

 まともになったのはAir―Zに改革されたから

 それが原点。否定するのは減点

 マイナスから脱却して今じゃ快活に挨拶も出来る。そんで仁王っていうライバルがいる──≫


 天鬼──。

 彼女の本気の心が解放される。

 仁王の本気が引き出したZAKUROの本心。

 自分の原点がAir―Zにあると告げた彼女の瞳はどこまでも澄んでいた。

 そしてその真っ直ぐな瞳が、燃えたぎる瞳とくっつきそうな距離で見つめあい──。

 ライバルがいる。自分の手番を少しだけはみ出して早口になってまでそう言った彼女の声は……とても嬉しそうだった。


4

「嬉しいこと言ってくれるじゃねぇか。たしかにお前はうちのライバル!!」


 笑顔でそう言い始めながら、【ライバル】と口にする頃には人食いさながらの鬼気迫る顔になっている仁王。

 有り余るバイブスが表情にも憑依する。


「才覚では負けてる、だからお前の倍やるだけ!!

 もうやめる脇役。そんな自分に介錯

 つーか改札は未だに時々止められてんだろ! しろよ対策!!!」


 相手を認めつつ、自分なりのやり方を貫くことを宣言する。そしてそれが確固たる事実であることを生き様とそれが載った堂々たるラップで証明する。

 かっこいい。かっこいいよ、仁ヶ竹……。


「だいたい、お前のどこがマトモなんだよ!!!

 むしろおかしくしたのがAir―Zだろ!!!

【Air―Z! LFD!! イルミナ!! イドラ!! うちが狂ったのは奴等のせいだ!!!】

 うちらラッパー、狂ってなんぼだろうが!!!」


 唾が顔にかかる勢いで顔を突合せ声をぶつける仁王に、1歩も引かずに向き合い続けるZAKURO。

 2人の闘志が異様な熱気と緊張を生む。

 尋常じゃないソウルとボルテージ。

 そこにサンプリングという、名曲の歌詞(パンチライン)を引用する方法まで使い、総員を沸かす。

 自分に影響を与えたラッパーの名を痛烈に叫び悲喜交々の感情をぶちまけるその様に、誰もが胸を打たれずにはいられない。

 そしてそこでぶち上がった隙だらけの心に思い切りオリジナルで即興のパンチライン【うちらラッパー、狂ってなんぼだろうが!!!】。こんなの、ズルい。上がらないわけがない。


 割れんばかりの歓声。


 しかしその大音量を真っ二つにかち割るような魂の叫びが、鳴る──!


【Air―Z! Air―Z!! Air―Z!!! Air―Z!!!!

 あたしが狂ったのはあいつのせいだ!!!!!!!!!!】


 たった前半2小節、そこに全てがあった。それはもはや1曲分の熱量を一瞬で浴びせたかのような熱量。ZAKUROのその細い身体から発されたとは到底信じ難い渾身の咆哮。

 フロウなんてあったもんじゃない。聞く人が聞けば、癇癪を起こしたイカれ女の喚き声にしか聞こえなかったかもしれない。

 それでも、テクニックも恥も外聞もなにもなくただひたすらに、出しうる全力で抱えていた想いを表現した彼女に、心臓を盗まれてしまった。

 震えが止まらなくなるような独白に、仁王に流れかけていたその場の空気全てが攫われてしまう。


≪……はぁ、これで満足? それくらい絶対の存在!

 あんたみたいに浮気しない。あたしはこんなに一途!!≫


 ブレない芯でしっかりとアンサー&ディス。

 そしてとんちも効いている。

 ZAKUROがZAKUROたる理由とその生き様を毅然とラップし返す。

 それだけなら平常運転。

 ただ、一つだけいつもと違う。

 熱い。

 そう、ただひたすらに、熱い。

 こんなに熱いラップをしているコイツを見ることが出来るなんて誰も思わなかっただろう。

 それを引き寄せた仁王。そしてそれ応じるZAKURO。二人の関係性があったからこその熱いバトル。

 最高の戦い。けれどそれはもうあと4小節しかない。


≪改札止められる?そりゃそうでしょ

 だって乗るの電車じゃない、ジェットコースター

 あたしこそがschool in the monster!

 いえーいこれでファイナル。勝ち確でしょあたしの♪≫


『終了!!!』


 司会の声がかき消されて聞こえないくらいの歓声が木霊した。

 最高のバトルへの惜しみない称賛。

 バイブスにはバイブスで、スタイルにはスタイルで、サンプリングにはサンプリングで、全てにおいて全力で自分の出しうる総力をぶつけあった魂の削り合い。

 そこに誰もが魅せられていた。

 それは当人たちでさえもきっと。

 満面の笑みで2人は向き合う。自分の勝ちを信じて。

 しかしこんなバトルでさえも戦いである以上、勝敗をつける必要がある。

 司会の声に合わせ、会場から声が上がる。

 かつてない大音量が、2度。

 しかして。

 仁王とZAKURO。両者へ上がった声は拮抗している。

 であれば──。


『延長!』


 当然そうなる。

 けれどそれは必然でなく、観客は大いに盛り上がる。

 そして止まらない興奮の中、2人は笑っていた。


『延長のビート聴かせてください!DJ阿賀良瀬!』


 その言葉に頷き、DJが奏でたのは──。

 ……マジか。

 歓声が上がる。

 鳴り出したのは、【LFD】で【俺がやる】。

 仁王の憧れのラッパーであり、1個前のバトルで仁王が倒した相手であるLFDの代表曲。更に、愚直でシンプルにドープなこのビートを使ってのバトルは、フロウどうこうというよりは内容とバイブスの勝負になってくること請け負い。

 そう考えるとかなり仁王よりなビートの気もするが……。

 けれど。

 見れば、「たまんねぇ……」というように右手を上げる仁王の横で、ZAKUROは不敵な笑みを浮かべていた。

 考え過ぎだった。

 彼女はどんなビートの上でも鮮やかに咲き誇る。それは間違いないのだ。


『ではいきましょうか!延長戦、先攻ZAKURO、後攻仁王で行います。ビートはDJ阿賀良瀬。8小節4本。いきます!レディ、ファイト!!!』


 引き伸びされた結末。それが決するまで、後32小節。


1

≪いやーファイナルじゃなくなっちゃった、まじだる

 味わうはずだったんだけどなー、勝利の美酒

 始まる延長、まああんたとならあと1年だってこのまま続けてもいいけどね

 なにやってんのかな? 高2の自分


 わかんないけどあたしたちならきっと高視聴率

 講師も言うあんた足りてない早期教育

 いってれば?幼児教室

 ちょーひりつくー。もうやりすぎて言うこともそんななくなってきたわー≫


 ZAKUROの1本目。

 上手い、上手い……が、弱い。

 自分で言っている通りだるいし言うことも本当にないのだろう。

 ただでさえ毎日の様にバトルしていた2人が今更言うことなんて、ぶっちゃけきっとそんなにない。その上さっきの4本で彼女はだしきった感があった、文字通りファイナル、本気でそこで終わりにするつもりだったのだろう。

 ついでに言えば、きっとZAKUROは仁王の事をかなり評価してるし好きなんだ。だからあの天鬼でさえも、深層心理ではきっとあまり彼女のことをディスりたくない。それが仁王のことを評価するような内容と、微妙にピントのズレたディスを産んでしまった……のかもしれない。

 だからこその、上手いけれども熱量のないこの1本目。

 そして、それを仁王が許すなんて、到底思えない。


「おいなんだそれ?適当にフロウして長い韻踏むだけで終わりか?

 悪いけど今のバースなんも刺さらなかった

 あいつで狂ったつーならディスこそが全てなんだって証明してみせろよ

 そうすればあのヘタレも復帰するだろうよ


 お前のディスで誰かがやめたらとか、

 この間にも誹謗中傷で傷付いてる奴がいるとか、

 そういうこと真剣に考えたことあるかよ?

 Air―Zはそれでダメになった。お前は大丈夫なのか? おらAnswer返してみろよ」


 重い想いのパンチが、ZAKUROの内蔵にまで響くくらいガチンと決まる。

 ディスが弱いというディス。的を得た、それでいてお前ならもっとやれんだろという励起さえも込められたありのままのアンサー。

 俺が復帰する……というのは、天鬼が優勝したらもう一度俺とバトルするという約束のことを言っているのだろう。

 そしてそれ以下の4小節は、俺が彼女に言ってしまった過去の暴露。それを本気で天鬼に突き付ける。そのリスクを背負った上で、お前はそれを貫くのかと。憧れを越えられるのかと。

 俺が言わねばならなかったことを、教え子に代弁させてしまった。しかし、バトルの上で交わされるその言葉は単なる大人の説教では伝わらない重みを伴って2人の心を繋ぐ。

 しかして、この問いかけに少女はどう答えるのか──。


2

≪ディスられてやめたらそれまででしょ。やめたくてもやめられなかったやつだけが続ければいいよ

 あたしはディス見て始めたけどね

 嘘つくの苦手で本心ばっか言っていじめられた

 だから何も言えなくなってまたいじめられた≫


 やめたくてもやめられない。自分にはこれしかない、それがラップだと、そう言える奴だけが残ればいい。そんな極論。

 けれど確かにそれはそうかもしれない。他で替えがきくのならそっちの方がいい。真っ当な道を歩けるのならその方がいいに決まっている。

 HIPHOPは、それが出来ない奴らの受け皿でもあるのだから。

 そして彼女はやめるきっかけだけでなく始まるきっかけでもあるという意表を突く反論を返した。

 自分の過去まで、ありありと語りながら。

 彼女の真摯な瞳が、炎の様な少女の熱全てを正面から受け止めていた。


≪でもそんな時見たバトルは本気で相手を貶してた

 あたしの怪我してた心ディスが照らしてくれた。それで手始めにラップ始めた

 辞めることも病めることもあるかもしれない

 でも変えることも癒えることもある。だから譲れない≫


 ディスこそが救いだったと、そう彼女は独白した。

 そんな可能性、考えたこともなかった。

 きっとそれは、その場にいたほぼ全員もそう思ったはずだ。逆転の発想、意表を着いた鋭角な論理。しかしそれは詭弁ではなく、どこまでも彼女の人生を通して得られた経験によるリアル。

 だからこそその言葉は、彼女の静かに熱い闘志を伴って、会場中に突き刺さる。

 対戦相手の赤髪が、ゆらりと揺れた。


「そうかそうかありがとうお前の覚悟伝わったわ」


頷いて、認めて、彼女は彼女にとって1番の憧れの曲をサンプリングする。彼女の1番のライバルに向けて。


【──それでいい。うちとちげぇ。なにもかもちげえ。それでいい

 能天気ほんと超変人。なんでもいい。それでいい

 心折れていい。超えてさえいけばいい。そんなお前でいい!それでいい!】


 どこまでも気持ちのいい肯定。ただひたすらに熱く、エモい。不感症だとしてもイキ狂うくらいのヤバさ。それだけのバイブスが観客全員の全身をジャックする。

 マイクを通しているのに、どこまでも肉声。生の感情が、轟く。


「けどな悪ぃなだからこそ──おい、今のバース1個もディスなかった

 ただのピースな内容だった舐めてんのか?

 もっとよこせよビーフ。いつもの最強のヒールのお前で来いよ!

 チーズ乗せて美味しく食ってやる。まだ全然足んねぇよ!!!!!」


 認めた上で、だからこそそうじゃないだろと。もっと上の景色を見ようと問いかける仁王。

 正に仁王の如き迫力。剥き出しの闘志が目に見えるかの様に錯覚するほどの。

 そしてそれは、対するZAKUROも同じ。

 そうだ、お前たち2人ならどこまでもいける。それは絶対に確かだから。


3

≪そっかこの曲あんたが教えてくれたよねありがとう

 でもサンプリングしたところであたしには勝てない

 誰かの言葉じゃトドメ刺せない

 それを察せないみたいだからこの舞台上には留めさせない≫


 感謝の1小節目から、怒涛のディス。

 勝てないの『あえあい』での韻踏みを絡めながら、『とどめさせない』の完全な子音踏みを見せ付ける。

 これで物足りないとは仁王も言えなくなるだろう。まさに最高級の1ポンドステーキを叩きつけた形。

 しかしまだ後半4小節、彼女は極上のデザートさえ用意出来る。その確信を誰もがもちながら、固唾を飲んだ。


『勝ち残るのはZAKUROってことわからせたい

 やたらダメだしして来てるけどあんたのがよっぽど駄目だし

 そんなに食べたいなら揚げ足取りまくるからいくらでもどうぞ

 これでどう?心折れたんじゃない? ──本当にそれでいい?』

 

 韻、フロウ、ディス、ユーモア、ZAKUROの全てが詰まったバース。

 しかもそのうえ相手のサンプリングにある種の意趣返しをする最後のそれでいい?という問いかけ。

 笑ってしまった。それでこそお前だよ。俺はもう完全に彼女に魅せられていた。

 ディスが悪いものだなんて1ミリも思っていない無垢な笑顔。それは彼女のきっかけがディスだったから。

 そんな事考えもしなかった。

 不幸にするだけのものだと思っていた。けれど、彼女は今、誰よりも楽しそうな笑顔で。そして。

 その向かい側に立つ少女も、また。

 好戦的だけれども、誰よりも嬉しそうな笑顔で、弾けるように破顔した。


「当たり前だろそれでいい!

 ただそんなんじゃ心も折れねえし勝つのはうちだっつーだけの事!

 誰かの言葉じゃねえ、うちの矛がお前を突き刺す

 トドメ刺せないのはここで勝てないお前の方


 ただ揚げ足とる程度のディスじゃ奴にゃ遠く及ばねぇ

 金ない。でも賭けたい。だからこのマイクに魂捧げたい

 他に替えない言葉でシーン変えたい

 金じゃ買えないものを考えたいんだようちは!」


 前半は熱く自分を誇示。

 そして後半は熱く全体に訴えかける。

 サブマシンガンの様な押韻と共に突きつけられた壮大なテーマ。だがそれはまるで荒唐無稽ではなくて、どこまでも彼女が本気で思っていること。それが、伝わる。

 嘘の無い本気の言葉は綺麗事ではなく、真に芯のある言葉として聞く者の心の臓に響くのだ。

 それは対戦相手も同じ。

 故に。

 2本のマイクを介して向き合うもう1人の少女は、深く頷き、息を吐いた。


4

≪そうだね。ベットするよラップに人生

 ZAKUROと仁王、賭け金は覚悟と希望

 それ全部かけて手に入れるべきものがこの世にあるのなら

  ──ねぇ、待つのも一興?


 いや待つなんて無理。今すぐ全部総取り

 根こそぎ奪い取るから。ここに今あるもの以上

 だから先にまずはあんたここで倒しとく

 全然通じないから。その熱血で時代錯誤の思想≫


「あぁ? 時代錯誤の思想……?

 懐かしいな。お前最初にバトルした時もそんなような事言ってたわ聞き飽きた

 もうお前に期待持つのよそう

 ──あぁ! なんて言うわけねぇ! お前には期待しかしてねえんだ実際!


 なぁ、でもそれでふと思い出したわ

 さっきのビート、最初にお前と闘った時のビートだったな

 あの時は負けたけどよ、今回は延長だった

 なら──LFDのビートの上、うちが負ける理由(わけ)ねぇよなぁ!!?」


『終了ーーーーー!!!!』


 鳴り止まぬ歓声の中、音楽だけが鳴り止む。

 観客の溢れんばかりの声の渦の中で、2人は睨み合い、けれども満面の笑みを浮かべていた。

 無言でも、もう伝わっている。言いたいことは全て伝えた。そんな表情なのだろうか。あるいはまだもっとやりたいと思っているのかもしれない。若者の心の内なんていい歳したおっさんにはわかるわけもない。

 それでも、このバトルの上でかわされた言葉だけはどこまでも本物で、こんなおっさんの心さえも揺らした。それだけは紛うことなき事実だから。


『最っ高にやばいバトルでした。でも勝敗決めないといけません! どちらかやばいと思った方に声あげてください! 行きます!』


 採択の前から、延長を求める声が響く。

 だが、遂に決着がつく。俺にはその予感があった。

 仁王は仁王立ちで虚空を眺め、天鬼はうんこ座りで観客席を眺めていてる。

 司会が力強くマイクを持ち直した。


『先攻、ZAKURO!!!』


『後攻、仁王!!!』


 どちらも大きな声が上がる。

 けれど、その声量に差があることは誰の耳にも明らかだった。

 再び司会がマイクを顔の前にまで持ち上げる。


『勝者──ZAKURO!!!!!』

 

 歓声の中、握手を求める仁王の手、しかしそれが握られることは無かった。天鬼はその腕の付け根へと手を回し、彼女に思い切り抱きついた。

 少し戸惑いながらも、それに力強く答える仁王。言葉はきっとなかった。けれどもう、二人にはそれでよかった。

 少女の想いは、少女へと確かに。

 大人の考えなど一切及ばないところで、青々しく。それでいて、赤面しながら。


 やがて2人は離れて、壇上を去っていく。

『仁王、何か言うことはありますか?』

 問いかけられた彼女は、客席に背を向けたまま。

『ZAKURO、絶対優勝しろよ』

『もち』

『おう。……それだけ。ビガップGMB!!』

『負けてしまった仁王にも大きな拍手を! そして勝者のZAKUROはついに決勝進出です!!』

 鳴り止まない拍手。またとないベストバウトへの惜しみない賞賛。

 青の少女と赤の少女。その両者への声援が、果てしなく響く。


 けれど、その最中にももう、次の試合が始まろうとしていた──。


『余韻に浸っていたいところではありますが、そろそろ次の試合に参りたいと思います! 準決勝最終試合です! これに勝利した方がZAKUROと戦うことになります! ではいきましょう! Requiem対∀pollon! でてきてください!』


 第10回ガールズMCバトル、今宵残された試合は、あと2つ。

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