第218話 自領訪問6 -悪役を追い詰めますね-

 “フェアリーの囁き”でノワールに閉店後の一夜を誘ったが、「ブラート様は、これから1週間お忙しくなると聞きました。私も急いでブラート様の下に行くための準備をします!お約束を忘れたら嫌ですよ!」と抱き付かれ、潤んだ目で寂しそうに呟くと店の中に戻っていった。やんわりと断られたブラートだったが、1週間後の楽しみとして割り切ると上機嫌で屋敷に戻ってきていた。


 召使いから「旦那様。お手紙が届いております」との連絡を受けたブラートは書斎に入ると手紙の封を開けて内容を確認すると驚愕の表情になった。


 “領都着任後の現状把握を行う為に、我が領土にある全ての街を訪問する。各代官においては人口、税収、生産力、防衛力等に関する現状及び問題点の取りまとめ及び報告の準備をすること。訪問については、まずは南部から行う事とし、最初の訪問はブラート代官の治める地域とし、訪問予定は2週間後とする”


 亮二からの通達を読んだブラートは顔面蒼白になっていた。増税して徴収した税金の3割はレーム伯爵には納めずに各所に隠していた。この件が今回の訪問で悪事がバレると断罪されることは間違いなく、言い訳も通じないと考えたブラートは、亮二の訪問予定が2週間後である事に安堵すると隣国への出発予定を2日繰り上げる為の命令書を各所に送るのだった。


 ◇□◇□◇□


「なにがどうなってる!なぜ、荷物が所定の場所に届いていない!そして、なぜ誰も居ないのだ!俺からの命令を無視するとはどういうことだ!」


 ブラートの叫び声が辺り一面に響いていた。ブラート一行の馬車が隣国に行くための集合場所に到着したが、その場所に誰も居なかったからである。焦りと怒りが混じった表情で護衛として付いて来た者に対して、怒りをぶつけて怒鳴り散らしているブラートの手には亮二からの手紙が握りしめられていた。


 “やっほー!ちょっと、到着予定が10日ほど早くなりそう。報告書の提出は最初の手紙のままで良いけど、受け入れの準備だけよろしくね!”


 最初の手紙から3日後に届いた亮二からの手紙を受け取ったブラートは、ふざけた文面と到着予定が10日早まる事が書かれた手紙を握りつぶすと慌てて変更命令を出して、自身もすでに準備していた美術品や貴重品が積み込まれた馬車に乗り込んで逃げ出す為に集合場所にやってきていた。


「おい!隠し場所に行った奴らにすぐに来るように伝えろ!明日には、リョージ伯爵一行がやって来る!早く逃げ出さないと破滅するぞ!」


 命令された男が駆け出そうとすると、前方から5人の集団がやってきた。ブラートが慌てて馬車から降りて男達に近付くとリーダー格の男から苦情が入った。


「おいおい!ブラートの旦那!命令を2回も3回も変えられたらたまんねよ!それに出る準備までさせといて、女にすべてを任せるってどういうことだよ。別料金を請求したいくらいだぜ!」


「おい!何の話だ?それに荷物はどうした?女ってなんだ?」


 リーダー格の男はブラートからの詰問に顔をしかめながら苦情を言ってきた。状況が理解できないブラートが説明を求めるとリーダー格の男が呆れたように説明を始めた。最初の命令で隠し場所に溜め込んでいた物を馬車に集めて準備していると、ブラートから日程を2日早める命令書がきた。ピッチを上げて作業を行っていると今日の夜に出発すると命令が来た。なんとか準備を整えて出発しようとすると女性が新たな命令書を持って来たのである。


 リーダー格の男は今まで会った事もない女性からの命令書に不信感を覚えたが、“フェアリーの囁き”で働いている女性で、ブラートと懇意にしているとの説明を受けて命令書の中身を確認すると、確かにブラートの署名が書かれていたが、内容を見ると驚愕の表情になった。


 “荷物を置いて急いで集合場所に来ること。荷物は命令書を持って来た女性が所定の場所に移動させた後に合流する”


 リーダー格の男が手紙と女性の顔を交互に見ながら、なにか話そうとすると女性は懐から金貨30枚と宝石(小)が3個入った革袋を渡した。中を確認したリーダー格の男があまりの金額に仰天した顔をすると、女性は「ブラート様から命令書と一緒に渡すように言われました!中身はお金だそうですが、金額までは聞いていません!ブラート様が個人的に隠していたお金だそうです!」と告げると、早く集合場所に向かう様に伝えるのだった。


 ◇□◇□◇□


 リーダー格の男の説明にブラートは混乱状態になっていた。最後の命令以外は自分自身が確実に出したものだが、最後の命令は誰が出したのか?リーダー格の男から受け取った命令書を確認すると確かに自分の署名が書かれていた。だが、そのような命令を出した記憶も、“フェアリーの囁き”で働いた女性に金貨や宝石(小)が入った革袋を渡した記憶もない。


 あまりの事態にブラートと男達が混乱状態になっていると、頭上高くに突然と明かりが灯った。一同が眩しさで目を細めながらも、警戒して抜剣しながら周りに注意を払うと前方から1人の子供にしか見えない亮二が近付いてきた。


「ねえ。どこに行こうとしているの?」


「何者だ!」


「“やっほー!ちょっと、到着予定が10日ほど早くなりそう。報告書の提出は最初の手紙のままで良いけど、受け入れの準備だけよろしくね!”って手紙を渡しただろ?どこに逃げようとしているんだよ?逃げる準備じゃなくて受け入れの準備をしろよ」


 声を掛けてきた子供の姿を改めて見ると、着ている服装は軽装で有ったが、抜剣している剣には通常の【雷】属性付与では見られないほど剣の周りを火花を散らしながら跳ねまわっており、一同はその光景に思わず見とれてしまった。その中で、いち早く立ち直ったリーダー格の男が「お前のことなんか知るかよ!」と叫ぶと、配下の男の1人が亮二に向かって斬りかかった。


「おいおい、ちょっと口上くらい言わせてよ。っと!」


 斬りかかってきた男の剣を“ミスリルの剣”で軽く流すように打ち払い、返す刀で円月を描くと上段から男の剣を打ち落とした。打ち落とされた状態で呆然と自分の手を見つめている男に近付いて【雷】属性をまとわせた拳で殴りつけると、一同の驚愕の視線と表情を引き連れながら男は転がって動かなくなった。


「じゃあ、改めて。おい!お前ら!俺の目が黒い内は悪事が出来ると思うな!…なんか違うな。お天道様が許しても…とか?止むを得ん、“ドリュグルの英雄”のリョージが天に代わって貴様らを斬る!だと、そのまますぎるしな。どうしようかな?よし!これにしよう!さあ、お前の罪を数えろ!」


 亮二がブツブツと言いながら口上を述べると、ブラートを含めた周りの空気が固まったかのようになった。


「ど、“ドリュグルの英雄”って言ったよな?あの、牛人3体相手に傷一つ負わずに討伐したって噂の?」


「よく知っているね。そう。俺がリョージ=ウチノ伯爵だよ。神妙に縛につけ!」


 震えるような男の声に亮二が勢い良く答えると、ブラートが後ろから大声で叫んだ。


「お前ら!こんな場所に“ドリュグルの英雄”のリョージ伯爵が来られるはずがない!リョージ伯爵の名前を語る偽物だ!斬ってもかまわん!斬れ!」


「おぉ!まさか、こっちでテンプレの台詞が聞けるとは!悪役の台詞を言ってくれた、その粋に応じて全力で相手をしてやろう」


 亮二はブラートの台詞に大喜びしながらも、殺気をまとって向かってくる男達を迎撃するために気合を入れ直して剣を構えるのだった。

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