異世界は幸せ(テンプレ)に満ち溢れている【書籍化済み】
うっちー(羽智 遊紀)
プロローグ
第1話 異世界に行くには準備が必要です -神様にも会いますよね?-
「俺って普通のサラリーマンだよな?」と内野亮二(うちの りょうじ)は呆然と考えていた。毎日、決まった時間に家を出て、電車に揺られ、同僚や上司と共に会社の売上アップを目指して東奔西走し、売上目標が達成出来れば打ち上げを行い、仕事帰りは自己研鑽の為にスクールやジムに通って土日は趣味を楽しみスポーツで汗を流す。
大学時代の友人達との飲み会で日常生活を話したら「充実している日々を送ってるじゃないか」と羨ましそうに言われる人生を歩んでいた。仕事帰りに不思議に思って寄り道さえしなければ……。
その日は例年よりも蒸し暑く、最近増えたゲリラ豪雨に襲われた亮二は雨の勢いが衰えない事にゲンナリしつつ、折り畳み傘の性能をあざ笑うかのような激しい雨の中、スーツや靴に染みこんでくる水分に不快さを感じながら家路についていた。
「あれ?こんな所に道なんて有ったか?」
不思議に思いながら
20時を過ぎているにもかかわらず、進むにつれて明るさが増しだし、今までの闇夜の存在感を打ち消し始めた。先ほどとは違う神秘さを感じながら、引き返すとの考えは浮かばないまま歩みを進めた亮二の足がついに止まる。
「なんだ。行き止まりか」
苦笑を浮かべながら来た道に戻ろうとした亮二は呆然としつつ硬直する。今まで進んで来ていたはずの道が無くなっており、驚いて周りを見渡すと扉の無い部屋になっていた。
「貴方は選ばれました」
突然の声に反応して振り返ると、誰も居なかった場所にテーブルやイスが設置され、1人の女性がテーブルの上に置かれている紅茶やスコーンを楽しんで居た。美味しそうに紅茶を飲んでいた女性だったが、亮二に視線を向けると座るように勧める。
そんな女性の様子よりも、先程の言葉が気になった亮二は呟くように問い掛ける。
「選ばれた?」
「そうです。貴方は私達の世界に選ばれました。無理やりにでもこちらの世界に来てもらうとの表現の方が、正しいのかもしれませんね」
「無理やり? こちらの世界に来てもらう? こちらの世界?」
「失礼しました。亮二さん。説明の前に自己紹介ですよね。私は幸福の神であるイオルスと申します」
首を傾げイスに座りながら疑問を口にする亮二に、女性は自己紹介をしながら笑みを深めつつティーカップに口を付ける。
「私の質問に答えて頂けますか? イオルスさんでしたっけ? それに幸福の神? 宗教勧誘の方か何かですか?」
質問に答えず、マイペースに話を進めるイオルスと名乗る女性に、亮二は少し口調を強めて確認をおこなうと、イオルスは改まって話し始める。
「亮二さんが住んでる世界では神が2000年以上は姿を見せてませんもんね。存在自体が疑問視されてるくらいですから、宗教勧誘と疑われても仕方有りません。ですが、宗教勧誘でも何でも無く、私は亮二さんの住んでいる世界とは違う神であり、私達の世界に来てもらう為にこの部屋に来てもらいました。半分以上強制で申し訳ありませんが、私達の世界で自由気ままに生きて頂けませんか? 納得頂けるために亮二さんが疑問にはお答えしますし、こちらの世界に来て頂く為に、亮二さんからの要望には出来る限りお応えするつもりです」
「なぜ選ばれたか答えて貰ってませんが、要するに私に貴方たちの世界で自由気ままに生きて欲しい。その為に必要な物を便宜して頂ける。と言うことですか?」
「そうです。出来ない事もありますが……」
亮二は胡散臭そうな顔をしながら目の前のイオルスに対する質問を考え始めた。
(まずは質問だよな? なんで俺なんだよ? こちらの世界ってどこだよ? 自由気ままに生きて欲しいってざっくりして意味が分からないし、それに便宜を図るって何を? どれだけ? 図ってくれるんだ? それにイオルスって言ったか? 本当に神様なのか? 拒否したらどうなるんだ? それに……)
「すいません! 質問は1個ずつお願いできますか? 一気に言われたら、なにから返事すればいいのか分からないので……」
考え中の亮二に申し訳なさそうな表情で答えたイオルスに、思わず反射的に謝りながら、自分が声を出していない事に気付く。
「すいません。ん? 俺は声に出してないぞ?」
思わずタメ口で返事をする亮二に、イオルスは頷きながら答える。
「考えておられる事が分かるのは、私が神である事と、この部屋の特徴になります」
タメ口で話された事を気にする様子もなくイオルスは回答と説明を始めた。
・貴方を選んだのは、こちらの世界と近しい精神構造をしているから
・今いる場所は、亮二の世界と、イオルスの世界の中間地点である
・この部屋に居る者は、肉体と精神の境界線があやふやになるため、思考が外に漏れやすい
・こちらの世界とはセーフィリアと呼ばれる世界で、魔法や魔物が出てくる世界である
・自由気ままとは言葉通りの意味であり、好きなように人生を送るだけでいい
・便宜に関しては、イオルスの力の及ぶ限り図る
・イオルスは亮二の住んでいる世界ではなく、セーフィリアの神である
一気に話し終わって満足気にしているイオルスに、亮二は首を傾げながら質問を行う。
「頭の中で考えていた疑問は大体答えてもらいました。ですが、最後の質問には答えてませんよね?」
「申し訳ありませんが、先程もお伝えした通り拒否は不可能です。亮二さんが入った寄り道は
「本当に元に戻る方法はないのか?」
「ありません。この部屋に入られた瞬間に、元の世界への経路は閉じるようになっています」
申し訳無さそうに答えるイオルスを見ながら、選択の余地は無く一方通行でセーフィリアに行くしかないと理解せざるを得なかった亮二は、暫く考えて嘆息すると現状を受け入れるのであった。
「分かりました。やるせない気持ちは置いといて、一方通行との事ですので、そちらの世界にお邪魔することにしましょう。ちなみに援助ってどのくらいして頂けるのですか?」
「ありがとうございます! 援助、お願い事に関して基本的に制限はありません。世界中の人を奴隷にする魔法とか、虐殺三昧するための聖剣を上回るような武器。その他、強力な魔法で世界を壊滅させる力や世界を混乱や破滅させるようなものでなければ大丈夫ですよ!」
「なんでそんなにバイオレンス? ひょっとしなくても、そっちの世界はヤバい?」
引き気味の亮二に、慌ててイオルスはフォローを始める。
「いえいえ! 大丈夫ですよ? ちょっと海賊王や山賊王、破壊王や魔王なんかがあちこちに居るだけなんで! ダイジョウブダヨコワクナイヨーコッチニオイデヨー」
「全然大丈夫じゃないじゃん! なんだよ海賊王とか破壊王って! しかも大丈夫って言葉の後が疑問形だし! 最後は片言の日本語だし!」
「あ! 山賊王や魔王は大丈夫系ですか?」
「大丈夫なわけないじゃん! それになんだよ大丈夫系って! あんたが余りにサラッと言うから思わず流しちまったよ!」
「亮二さん」
「な、なんだよ?」
真剣な声のイオルスに亮二は思わずどもりながら答える。イオルスは真剣な眼をしながら亮二を見詰めると言い放った。
「キャラがぶれてますよ」
「お、お前が言うなぁぁぁ!」
広い部屋に亮二の叫び声が響き渡るのだった。
◇□◇□◇□
亮二が叫んでから5分ほど経っていた。紅茶を勢いよく飲み干してグッタリと身体を労わるように深く腰を掛けた亮二は思案にふける。
(どうあがいても異世界に行くって決定事項だもんな。それだったら思う存分援助をしてもらおう。まずは異世界で生きていく上で必要な強靭な肉体と魔力をもらおう。そもそもそんなことできるのか?)
「イオルスさん」
「はい! 決まりました?」
紅茶を飲みながらクッキーやスコーンを食べていたイオルスは、嬉しそうに亮二の方に体を向けて尋ねてくる。
「援助って、内容に制限はないんだよな?」
「実は、私達の世界に来て頂くのは、亮二さんが初めてなんですよ。ですので、私もどのくらいの援助がひつようなのか分かってないんです」
「俺が試金石になるってことか。じゃあ遠慮無く1点目のお願いするわ」
「はい! なににしますか?」
「異世界で問題が有っても跳ね除けられる身体」
「物凄く抽象的ですね。言いたいことは分かりますけど……」
イオルスの微妙に納得した表情に、亮二は要望が通った事が分かりホッとする。そんな亮二の様子を見ながらイオルスは具体的な質問を始めた。
「身体の件については分かりました。いきなり英雄クラスで、どどーんとスタートな感じですか?」
「さすがにそんなチート状態でスタートはやりすぎだろう。そっちの世界の職業はレベルどのくらいでベテランになるんだ?」
「そうですね。レベルって概念が有りませんので難しいですが、こっちの世界のゲームで言うとレベルが20も有れば一人前さんじゃないですかね?」
「結構低いんだな」
「60もレベルが有れば英雄ですからね。それでもソロだと倒せないのが魔王なんですけどね」
「魔王どんだけなんだよ。ちなみに魔王や魔族は倒さなくてもいいんだよな?」
「倒したいのなら倒してもいいですよ。ただ、今の魔王は世界征服を目指していないようですので、無理に倒さなくてもいいです」
「世界征服を企まない魔王って。思いっきりテンプレだな」
「さすが亮二さん! 異世界ものに詳しいですね」
「最近は異世界ジャンルの書籍があるくらいだからな。個人的には転生モノが好きなんだが……。なんで俺が異世界モノに詳しいと知ってる?」
(確かに俺の趣味は読書。特に異世界モノに関しては色々な作品を嗜んでいる。熟読しているわけではなく、こんな世界が有ったらなくらいで流し読みレベルなんだが。イオルスは心が読めるんだよな。でも、心が読めるだけで俺が異世界モノに詳しいって話になるんだ?)
「ふっふっふ。私に隠し事なんて出来ないんです! 某マンガのキャラ以上なんですよ! 相手を触らなくても、考えている事だけでなく記憶もバッチリ読めますからね」
「なんでマンガキャラと張り合ってるんだよ。あまり心を読まれるのも嬉しくないからサクッといくな。レベルは20でステータスは通常の1.5倍程度。体力や魔力はそのレベルの2倍になるように頼む」
「なるほど、そのレベルなら一人前さんですもんね。そういえば、亮二さん話し方が変わりました?」
「当たり前だろ。あんだけ叫んだ上に考えが読まれるならキャラを社会人モードにしても意味無いじゃん。元々、連れと話している時はこんな感じだしな」
「私も話しやすくていいんですけどね。心の声と出てくる言葉が違うと違和感が出まくりなんで」
「そんなもんか?」
「そうですよ。だから腹黒さんでも、無口さんでも、恥ずかしがり屋さんでも、私にかかればなんでも丸っとお見通しです!」
「嬉しそうだな」
にこにこしながら紅茶を飲むイオルスに呆れながら、話が全然進んでいない事に気付いた亮二は、気を取り直して話を続ける。
「じゃあ、2つ目いいか?」
「どうぞ!」
「オンラインゲームのような、インタフェースが出るようにしてくれ」
「ステータスを見たり、ヘルプ参照が出来るようにしたいってことですか?」
「それもある。あとステ振りが出来ると最高なんだが」
「ん~。その辺りはやったことないんで、どんな感じになるか分かりません。それでもいいですか?」
「無茶言っているのは分かっているからそれでいいよ。使い勝手が悪かったら利用を諦めるから」
イオルスの回答に亮二は気楽な感じで伝えると、次のお願いをするのだった。
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