追いこまれた冬派(4%)、異世界の大掃除を決行する。

@himejinn

第1話


 日本には、その日本という名が定められるより以前、はるか太古より変わらぬものがある。


 例えば季節がそうだ。


命芽吹く『春』

熱く激しい『夏』

色彩艶やかな『秋』

静かに煌めく『冬』


 日本人はそれを風情あるものとして愛で、慈しんだ。季節ならではの食を、スポーツを、イベントを……四季を当たり前のものとし、共に生きてきた。


 そんな春夏秋冬を生きる中で、日本人が一度はしたこと……もしくは、されたことがある質問。


「好きな季節は?」


 まるで定めかのように、季節が変わるたびに日本人はこの話題をふる。特に話が広がるわけでもない。いわゆる『つなぎ』として、沈黙という気まづさを緩和させるためだけに使用される問いだ。


 そして、日本の某所でもそんなどうしようもない質問をされる男が一人。


「なあ総司(そうじ)兄ちゃん、好きな季節は?」


「あ?なんだよ、突然……」


 総司と呼ばれた男は、所謂カウンターチェアと呼ばれる背の高い椅子の上で、天井にぶら下がった電灯のカバーを雑巾で拭きながら口を開いた。


 彼の目線は電灯から動かない。


「……」


「おい、なんとか言え、妹よ」


「なん……」


「冬だよ、冬」


 なんとか言えというセリフに『なんとか』なんてしょうもないことを言われそうだと察知した総司は、即座に答える。


「冬なの?」


 質問者は、意外そうな声をあげた。


「……? 何かおかしいか?」


 総司は、雑巾を持っていない左手の指で電灯カバーをなぞり、その指先にホコリがついていないことを確認して、背後を向いた。


 彼の目に映ったのは、リビングのソファーでだらりと横になり、スマホの画面をスワイプする己の妹の姿だった。


「お前、掃除しろよ」


「嫌だなぁ兄ちゃん、ちょっと休んでるだけじゃん」


「とか言いながら一時間はそうしてるだろ。その間に俺は全部の照明、綺麗にしたぞ」


 それを聞いても、妹は動じない。


「もう、うるさいなぁ……そんな小煩いから今年のクリスマス『も』独りだったんだよ?」


 ひとときもスマホから目を逸らすことはないまま、片手間に兄に会心ダメージを与える妹。


「てめぇ……まだ癒えきってない傷を……」


「ははっ、まぁ、昨日のことだもんね。元気出しなよ!今日は次のクリスマスから一番遠い日なんだよ」


 そう言われて、総司は妹からカレンダーに目を向ける。


 今日は12月26日、日曜日だった。


「なるほど……確かに、次の忌まわしき日は三百六十四日後か」


「兄ちゃん……受け入れないでよ」


 訪れる沈黙。


 彼らは今、年末の行事、実家の『大掃除』の最中だった。少し早い気もするが、この土日を過ぎれば、次の週末はもう新年だったのだ。


 すると、微妙な雰囲気を変えるように、妹が切り出した。


「でもまあ、そんな兄ちゃんに朗報だよ」


「……朗報?」


「なんと、貴方は日本人の『よんぱーせんと』の一人でした!レアだよ、良かったね!パチパチパチ」


 総司は、掃除をサボってよくわからないことを口走る妹を、怪訝な顔で見つめる。正直どうでもいいことだとは分かっていたが、自分がレアだと言われたら気にならないこともなかった。


 そこで、総司は改めて尋ねる。


「で、妹よ。俺の何がレアだってんだ」


「ん?えっとね……コレ」


 そういいながら、妹はスマホの画面を天井近くにある兄の顔に向けた。その画面にうつるのは、何か円グラフのようなものだった。


「……なんて書いてあるんだ?」


「もう、字も読めないの?」


「ちがう、見えないんだよ」


 総司の位置からスマホまでは部屋の端から端ほどの距離がある。別に眼が悪くなくても、見るのには無理のある字の大きさだった。


 そう言われて、妹はスマホの画面をまた己の方へと向けた。


「『春夏秋冬、どれが一番好きですか?』だって」


「お前、掃除サボってそんなくだらないこと調べてたのか」


 兄の少し苛立った口調など気にした様子もなく、妹はスマホ画面の内容を淡々と読み上げる。


「一位、春……四十二パーセント。二位秋、三十二パーセント。三位夏、十三パーセント」


「なるほど、それで冬が四パーセントなのか?」


「そそ、そーゆーこと」


 思った以上にしょうもない内容で、総司はため息を一つつく。そして、そのまま椅子から降りようとしたところで違和感に気づいた。


 中腰のまま、動きを止めて妹を見る。


「……いや待て、今の計算でいくと、冬はもうちょい高いパーセントにならないか?」


 42+32+13=87のはずだ。だとすれば、四パーセントなんてのはおかしい。100−87=13なのだから。


 すると、さも当然のように妹は口を開いた。


 それは、総司がこの世界で最後に聞いた言葉だった。


「冬好きは四パーセントであってるよ? 残りの九パーセントは『選べない』だって」


 春夏秋冬、どれが一番好きですか?という質問に対して、『選べない』。そんな回答が罷り通っていいのだろうか?


 納得がいかず、ソウジは意識を妹の方に向けた。


「なんだそれ……そもそも、それにすら負ける冬って……」


 ガタッ


 そんな音共に、脚の細いカウンターチェアが左に傾く。どうやら気づかないうちに、左足に総司の体重がのってしまっていたらしい。


「あっ」


 椅子からはみ出した左足。傾く重心。


 そんなソウジの目に映るのは、スマホを放り出し、転倒する兄を見つめる妹の姿だった。目をギョッと開き、こちらに手を伸ばそうとしているのが分かる。


『やばい、死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ……こんなことなら面倒がらず、ちゃんとハシゴを持ってこればよかった』


 ものすごくスローになったように感じる世界で、どうしょうもないことを考える。落下地点に目をやる。そこにはテーブルの角が迫っていた。


『あっ……これはダメなやつだ』


 時間はそれ以上、総司が考えるのを許さなかった。


 ゴンッ……


「イッ……」


 鈍い音がして、机の角は、一人の人間の命を刈り取った。


「タ……」


 こうして、また一人分、冬派のパーセントが下がるのだった。


 

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