未来のその先

「・・・ここは・・・?」


あかりは何もない、真っ白な空間に佇んでいた。


「お、おーーい、ーー誰かーーーー」


叫びながら走り回るが、誰もいない。


(なに・・・?ここ・・・?)


すると、あかりの目の前に人影が見えた。


「あ、人・・・いた・・・」


一目散にその人物に近づくと、その人物は振り返った。


それは、あかりの叔父だった。


「・・・お、叔父さん・・・?」


叔父は無言で、あかりに何かを差し出した。


「・・・え、何・・・?」


訝しながらも、受け取ると、急に叔父に突き飛ばされた。


「え、え・・・・?」


すると、何故か足元がなくなり、あかりの体は落下していった。


「きゃ、きゃああああ」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


あかりが目を覚ますと、天井が見えた。


(・・・・・・・・?)


「ここ・・・どこ・・・?」


周りを見渡すと、そこは病院の個室だった。


(私、確か、死にかけて、アオに心臓あげるって・・・夢?)


「あら、目を覚ましたのね」


あかりが顔をあげると、上野の母が入口に立っていた。


「今聡を呼んでくるから、少し待ってて」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


上野の母に呼ばれて、上野はすぐにあかりの病室に駆けつけてきた。


「あ、あかりちゃん!良かった!このまま目を覚まさなかったら、どうしようかと・・・」


「あ、あの・・・?私・・・何で・・・?」


あの時、あかりは本気で死を覚悟した。なのに、何故か生きている。あかりは混乱した。


「ご、ごめん、そうだよね。一から説明するね」


あの時のことは現実だった。あかりは抗体の暴走によって息絶え、心肺停止状態になった。


そして、あかりの希望通り、あかりの心臓は、アオに移植された。


「え、じゃあ、私、何で生きてるの・・・?」

「あかりちゃんの体には、あかりちゃんのお母さんの心臓を移植した」

「・・・・・・・!」


確かに、あかりの母は、生前に少しでも誰かの役に立ちたい、と言ってドナー登録をしていた。母の死後、母の遺志を尊重するために、あかりも摘出に立ち会っていた。


「で、でも、ドナーはもう決まってたんじゃ・・」

「そうなんだけど、僕が、裏で手を回して、この病院に運び込ませてたんだ」

「な、何でそんな事・・・?」

「姉さんの予言さ」


上野の姉は、〝未来になくなる音が聞こえない〟という特殊な能力があった。その話はキイロから聞いていたが。


「で、でも、あれはアオだけでしょ・・・?私がお姉さんに会ったのは、亡くなる直前だけで」

「そう。僕も、あの時は気づかなかった。でも、おそらく、あの時、姉さんに、あかりちゃんの〝音〟は、全部聞こえてなかった、と後で気づいた」

「え・・・音・・・?」


「あの時姉さんが言ったこと、よく思い出してほしい・・・」


〝ここに駆けつけた足音は四つ・・・なのに、心臓の音が、三つ分しか聞こえないの〟


「あの時、屋上に駆けつけたのは、僕、あかりちゃん、アオくん、キイロくん、そして、姉さんの担当看護師もいた。計五人のはずなんだ。そして・・・」


〝そう、あなたの隣から・・・聞こえないわ〟


「あの時、僕の横に立っていたのはあかりちゃんだった。そして、その横がアオくん。階段で、アオ君と二人で、あかりちゃんを支えながら登ったから・・・なのに、姉さんは、あかりちゃんではなく、アオが僕の隣だと言った。あんなに耳の良い姉さんが・・・だ」


「そして、極めつけは、あの中で唯一、あかりちゃんの声にだけ反応を返さなかった。あかりちゃんがアオ君を人間だって言い切った時、姉さんは見向きもしなかった。あの時は、ただ無視しただけかと思ってたけど・・・」


「それは、つまり・・・」


「アオくんは心臓に痛手を負うけど、命は助かる。あかりちゃんは、死ぬ。その未来が予言されてたんだ・・・」


あかりは絶句した。まさか、自分の声が届いてなかったなんて。


「もちろん、話そうか迷ったけど、あの時は皆ナーバスになってたし、僕に未来を変える勇気はなかった」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「その代わりに、〝未来のその先〟なら変えられる、と思ったんだ」


「あの時、アオくんを救えるのはあかりちゃんの心臓だけだった。あかりちゃんの性格上、アオくんを助けたがるとも思ってたし・・・」


「だから、あかりちゃんを一旦仮死の状態にして、その後にお母さんの心臓を移植させてもらった。もちろん、あかりちゃんがそのまま死んでしまう可能性もあったけど・・」


「で、でも、私の体は、ウイルス発症してて・・・」


「その問題も、解決した。今は、普通の人間の体だよ」


「え、何で・・・?」

「お父さんが残したボールペンさ」


「ボールペン・・・?」


「そう。最期に、僕の父がアオくんに渡したやつ。あれには父の血液が付着していた」


上野は、当時のことを回想した。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「・・・キイロくん、佐久間くんと母さん呼んで!二人とも手術室へ運ぶ!」


そう指示しながらも、上野の頭の中は混乱していた。


(と、とりあえず、あかりちゃんの心臓をアオくんに移植して、でも、お母さんの心臓は、本当にあかりちゃんに移植していいのか・・?)


(第一、あかりちゃんだってまだ色人のウイルスが残ってて、正常な人間の血液ではないし・・・)


(もう時間がない・・でも、このまま何もしなければアオくんの心臓はもたないし、死んでしまう・・・・・)


ふと、上野は足元に何か落ちているのに気づいた。


「これは・・・・?」


アオが持っていた、ハカセの形見である澤上薬局のボールペンだった。


(何でこんなところに落ちてんだ・・・?)


〝叔父さんの血がついたボールペン、ずっと持ち歩いてて・・〟


〝ワクチンは当然私が接種した〟


(そうだ、父はウイルスに有効な最新のワクチンを接種していた・・・これを遣えば)


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「こうして、父の血液からワクチンの元を抽出し、あかりちゃんに投与した。そして、あかりちゃんの体内からウイルスが除去されたことを確認して、移植を開始した」


「そ、そんな・・・・・」


「ワクチンといっても、特効薬ではないから、多分アオくんの体に打っても、ウイルスは残っていたと思う。でも、生まれつきウイルスに対抗する、抗体をもつあかりちゃんなら、わずかなワクチンでも効果があるんじゃないか、と考えたんだ」


「・・・・・・・・・・叔父さんの、ワクチンで・・・」


「も、もちろん、父の事は赦せないと思うし、これで勘弁してくれ、なんて言うつもりはないんだけど・・・」


「でも、最期の土壇場で、父のワクチンがあかりちゃん達を救った。もしかしたら、父の最期の、唯一の良心だったのかな、なんて思ったり・・・都合良すぎか?はは・・」


上野は小さく笑ったが、あかりは真面目な表情で首をふった。


「いえ・・・実は、夢に叔父さんが出てきたの」

「え?」

「も、もちろん、ただの夢かもしれないけど。でも、何かを渡されて、そのまま突き落とされて・・・手のひらを見たら・・・アオが持ってたボールペンだった・・・」


「・・・・・・・・・・・」

「あ、そうだ。アオは?アオも、人間に戻れたんですよね?」


あかりの問いに、上野は深刻な表情になった。


「え・・・・?アオは・・・?」

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