色人の正体

『事の発端は約一年半前。私は、澤上製薬という製薬会社に勤めていた。私の兄もそこに勤めていた。私たちの父の紹介で、入った会社だった。父の期待に応える為に、私は誠心誠意働いた』


『しかし、入社して数十年経っても、私は子会社の薬局勤務のままだった。私の兄は入社当初から、すでに本社の開発部に配属されていたのに』


『何故、兄より私が評価されないのか、理解に苦しんだ。昔から、学業の成績は私の方が一つ上で、確実に兄よりも優秀であるはずなのに、だ』


『・・・・私は失望した。自分にではない、この私を評価しないこの腐った社畜どもに、だ』


『父が亡くなった翌年に、私は会社を退職した。もう、私の成果を見てほしい人間はいなくなったからだ。しかし、その直後に転機が訪れた』


『それは新薬研究部の佐久間だった。そいつが他社の人間に、自社の開発中の新薬を売っているところを、偶然目撃した。そのまま立ち去るつもりだったが、その前に佐久間に見つかった』


『佐久間は私より後輩で元医師だが、決して優秀ではなかった。親のコネで常務医として入社し、研究部まで押し上げてもらったが、自分の身の丈に合わない業務を任されたストレスでギャンブル依存症になり、借金で首が回らなくなってしまったらしい。会社の金を使い込み、会社の新薬を他社に売って借金の返済に充てていた』


『私が会社にバラすことを懸念した佐久間は絶対口外しないように懇願してきた。辞めた会社のことなどどうでもよかったが、私からの軽蔑の眼差しを感じ取ったのか、佐久間は思わず口を滑らせた』


『澤上は悪魔の会社だ。奴らの所業に比べれば、俺の不正なんて大したことはない・・・・と』


『どうゆうことかと問いただすと、佐久間は口をつぐんだ。どうやら、澤上製薬は、世間には言えない秘密を抱えているらしい』


『なかなか口を開かない佐久間だったが、お前の不正を会社にバラすと脅したら、ついに重い口を開いた』


『そして、そこで私は、驚くべき真実を知ったのだ』


『それは、澤上製薬で、人体実験が行われているということだった』


『私が入社した当時はただの製薬会社にすぎなかった。しかし、数年前に、とある海外の軍事企業と極秘で手を組み、そこの幹部達の指示で人体実験を始めた』


『当然、被験者は一般人ではない。孤児や移民など、戸籍のない人間を国外から安く買い上げ、実験に使っていた』


『彼らは実験の為に余計な感情は抱かぬように、記憶操作され、澤上の幹部によって山奥の研究施設で厳重に管理されている・・・・そう、死ぬまでだ』


『そうゆう人間を使うことで、安全性の保証が全くない新薬などの研究を行うことができる』


『仮に被験で死なせてしまっても、元々家族も戸籍もない人間達だ。秘密裡に処理してしまえば、足はつかない』


『父が澤上の幹部であった佐久間は、他社に売る新薬の詳しい情報を得るために父のパソコンをハッキングした際、この事実を知ってしまったらしい』


『もちろん、立派な人権侵害であり、犯罪である。そして、その事を知った私は、この事実を世間に暴くことを決意した。この私の能力を評価しなかった会社への、復讐として・・・・』


『しかし、佐久間に詳しい話を聞いていくうちに、澤上が政府に一部献金している事実を知った。それでは、ただ通報するだけでは警察は動かないどころか、リークした私が消される危険性もある』


『そこで、私はさらに重大な決心をした』


『山奥の被験者達を公の場に引きずりだし、マスコミを使って情報を拡散させる。一度世間に公表してしまえば、政府がもみ消そうとしても、もう遅い。澤上の悪事は白日の元にさらされるのだ』


『もちろん、私一人ではこんな事はできない。佐久間に協力を仰いだが、自分の身が一番可愛い佐久間は、当然渋った』


『私は佐久間を強く説得した。私が言わなくても、社内でお前の不正がバレるのは時間の問題だ。それなら、その前に会社をつぶしてしまえばお前の悪事も有耶無耶にできる、と』


『そして、計画は実行された。佐久間の調べによると、その日は、新薬を被験者達に投与する日だった。あらかじめ佐久間に作らせた偽造カードで佐久間と共に澤上の研究施設へ潜入し、施設の配電設備をハッキングして停電を起こし、監視カメラの電源を切った。そして、監視員達を薬で眠らせ、施設にいた六人の被験者達を保護した』


『彼らは、性別や年齢、体格もバラバラだが、全員共通して目に光はなく、言葉も発せず、全員廃人のようだった・・・』


『しかし、意思がないおかげで、施設から連れ出すことは容易だった。施設の裏に停めてあった私のワゴンに乗せ、山を下り、新薬を投与された彼らを世間に晒し、澤上の悪事を糾弾する・・・予定だった』


『その道中、車内で・・・私達は・・・異様な光景を目撃した』


『まるで、意思のない人形のようだった彼らが・・・車内にあった〝あるもの〟を食べ始めたのだ・・・』


『そのあるものとは・・私の兄が、車内に置き忘れた〝絵具〟だった』


『娘の誕生日プレゼントとして海外で買ってきたものだったが、その旅行帰りに空港から家まで私の車で送った際に、車内に置き忘れていったらしい。兄から連絡がくるまで、私はその忘れ物に気づかずにいた』


「・・・・・!」


あかりはその当時の父の様子を思い出した。


(・・・そうだ。イギリスから帰ってきた日、プレゼントあるって言ってたのに、荷物の中になくて・・叔父さんに電話して聞いたら、叔父さんの車の中に忘れてたって判って・・・)


(その絵具を・・・アオ達が食べちゃってたってこと・・?)


(でも、絵具の中身はちゃんとあったけど・・・)


『一心に絵具を食べる彼らを急いで止めたが、そこでまた私は更に信じられない光景を目の当たりにした』


『廃人のようだった彼らの肌に生気が入り、あるものは髪色、瞳が青色に、またあるものは黄色に、緑に、茶色に、黒、白に・・・!食べた絵具の色素が彼らの体に取り込まれたのだ・・・!』


『もちろん、生物学的にはありえない・・・しかし、私は研究者として、この状況を見逃すことはできなかった』


『彼らの生態を研究したい・・・そう思った私は、そのまま県外に車を走らせ、人気がない山奥で廃墟を買い取り、そこで研究を続けることにした』


『私が被験者を逃がした数日後に、澤上製薬は倒産した。表向きは経営不振ということにしているが、被験者に逃げられたということで幹部たちが責任を取らされたらしい』


『それと、もし人体実験が世間に明るみになれば、会社の株は大暴落する。資金を守るためのいわば、計画倒産だろうと考えた。おそらく、名前を変えて別の企業で研究は続けているだろうが・・・』


『こうして、仕事がなくなった佐久間に協力を仰いだ。そんなつもりはなかった佐久間は渋ったが、幹部たちが被験者の捜索をあきらめるわけがない、私が見つかれば、逃亡に協力したお前も道連れになると脅したら、不本意ながらも私の協力者となった』


『研究費用や佐久間への手当は、私の貯蓄と、父からの遺産で賄うことにした。今の私に収入がない以上、いつかは底をつきるが、この研究を発表すれば巨額の財産が手に入る』


『そして、佐久間に彼らの生態について調べさせた』


『常人ではもちろんこんなことにはならない。おそらく何かの肉体改造か、もとから遺伝子操作されているのか・・・などと予想したが、真実は私の予想と大きくかけ離れていた』


『澤上があの日彼らに打ったもの・・・それは新薬ではなく・・人工で造られた、新種のウイルスだった』


『体に取り込むことにより、ウイルスが既存の細胞を壊し、未知の細胞を造ることにより体が変化していく・・・しかし、死にいたることはない・・ある意味、死よりも恐ろしいウイルスらしい』


『それを知って、まずわが身を案じたが、そのウイルスはまだ試作段階で、血液を経由して感染するリスクはあるものの、まだ空気感染できるような感染力はないらしい』


『そんなウイルスがどうして絵具の色を吸収したのか現段階ではわからないが、おそらく彼らの中で造られた新しい未知の細胞と、絵具の色素が結合したのでは・・・と仮説を立てている』


『念のために兄の絵具の成分も調べたが、とくに何の変哲もない、普通の塗料だった。絵具の中身は食べつくされてしまったので、別の絵具を中身に入れ替えて兄に返却した』


『そして佐久間には、このウイルスに対抗する特効薬や、ワクチンはないのか調べさせた』


『こうして彼らを研究していたが、驚いたことに、彼らは自分の髪と目、血液と同じものしか食べられないことが判明した。普通の食料や水を口にさせても、呑み込めずに吐き出してしまう。なんとも不思議な生態だ』


『そして、自分と同じ色素の物体を変形させることができる・・・信じられない能力だ』


『施設ではマインドコントロールや記憶操作を受けていたようだが、時間が経つにつれて洗脳が解けて、だんだん自我を持ち始めた。どうやら定期的にマインドコントロールを行わないと、効果が切れるらしい』


『私は彼らに言葉を教え、共に生活した。そして彼らを私は〝色人〟と呼んだ』


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