上野の姉

「姉さんて言っても、母の前の夫との子供だから、君たちのハカセの子供じゃないんだけど」

カフェから病院までは徒歩で五分程の距離だった。病院まで小走りしながら、上野は姉の話を始めた。


「入院してるってことはどこか悪いんですか?」

「病気っていうか・・。子供の頃の事故で目が不自由になって」

「じゃあ、目の病気ですか?」


「いや・・なんてゆうか、元々の才能なのか、事故の影響かは判らないけど、予知能力が優れていて、それを生かして易学とか勉強して、高校卒業してからは占い師として活動してたんだけど・・・なんか、その・・・たくさんの人の悩みとか愚痴とか聞いてるうちに精神を病んでしまって・・・母さんがうちの精神科に入院させてたんだ」

「・・・そうなんですね」

「長女の姉さんがそんな感じで跡継ぎなんて無理だから、僕を産んだと言われました」


話しているうちに四人は病院へ到着し、入口で待っていた姉の担当看護師と合流した。


「夕食を運んだらベッドからいなくなっていて・・・病室の周りを探してもどこにもいなくて」

「とりあえず手分けして探そう。そう遠くへは行ってないはずだから・・・」

「あっ!先生、あれ・・・」


看護師が窓を指差した。その先をを見ると、屋上に人影があった。


「姉さん・・・・!?」

「え、あれ・・お姉さんですか?」


遠目からでは性別も判別出来ないほど小さな人影ではあったが、どうやら上野の姉らしい。そして、その人物は屋上のフェンスの外側に立っていた。


「・・・・屋上へ!!」

血相を変えて走りだした上野に続き、あかりたちも屋上への階段を登った。


「うっ・・・・!?」

階段を登りきる途中、あかりは急な胸の痛みを感じ、その場でうずくまった。


「あかりさん・・・!?」

「おい、大丈夫か?」

「なんか・・・胸の奥が・・・痛い」


「えっと・・・」

上野は戸惑った。あかりも心配だが、こうしてる間にも姉は屋上から飛び降りてしまうかもしれない。


「・・・先生、大丈夫です・・・歩けます」

痛む胸を抑えながら、あかりは立ち上がった。


「俺の手に捕まれ」

アオはあかりの前に立って、あかりの手を取った。


「ぼ、僕が後ろから支えるね」

上野が後ろからあかりを支え、なんとか階段を登りきった。


屋上のドアを開けると、フェンスの向こう側に黒髪の女性が立っていた。


上野の姉、上野曜子だ。


「う、上野さん・・・・!!」


看護師が震えながら声をかけると、上野曜子は静かに振り返った。


腰まである痛んだ黒髪に、病院着の上からでもわかるやせ細った体。顔はクマが濃く、頬はこけていて、誰がみても平常な状態ではなかった。


「ね、姉さん・・何して」

「・・・・その声は・・・隆司ね・・・見ての通りよ」

「う、上野さん、落ち着てください・・・!」

「・・・・私は落ち着いてるわよ。アンタたちより、ずっと」


慌てる上野と看護婦に対し、曜子は冷静に言葉を返した。


「・・・・キイロ」

アオは横にいるキイロに小声で合図し、ポーチから絵具を取り出そうとした。色人の能力があれば、一瞬の隙をついて、フェンスから引きずりだすことができる。

「そこっ!」

「ヒイ~ッ!」


曜子はキイロとアオを激しく睨みつけ、キイロは硬直した。


「・・・あんた達、何か仕掛けようとしたわね・・・?」

「・・・・・・」

「もし、不審な音が聞こえたらここからすぐに飛び降りるわよ」


「・・・ね、姉さんは、すごく耳が良いんだ。・・・とりあえず、従って」

「・・・・・・」


アオは色の変形は早いが、色に直接触れなければ能力は発動できない。曜子はすぐ飛び降りることができる位置に立っている。


(とりあえず中に引っ張り込もうと考えていたが・・・ポーチから絵具を取り出す音を聞かれて飛び降りてしまうかもしれない・・・しかもここには無関係の人間がいる)


盲目の曜子は何とかごまかせるとしても、何も知らない看護師の前でこの能力を使うと後々面倒になる。


「・・・・・・・」

そんなアオの考えを察したのか、上野はジェスチャーで看護師にマットを用意するようにに伝え、看護師は戸惑いながらも無言で頷いて階段を降りて行った。


(なんとか会話で時間をつないで・・・隙をみてアオくん達に姉さんを救出してもらって・・)


「姉さん・・・何でこんなことを「隆司・・・・おかしいわ」

「え?」

「ここに駆けつけた足音は四つ・・・なのに、心臓の音が、三つ分しか聞こえないの」

「「「「!?」」」」


「な、何言ってるんだ、姉さん!!」

「・・・・私は本気よ、そう、あなたの隣から・・・聞こえないわ」


「え・・・?」

あかりは青ざめた。


曜子はゆっくり手をあげ、その人物を指さした。


「・・・・・・!」


曜子が指差した人物。


それは・・・・アオだった。


「え・・・・?俺・・・」


「そう・・・あなた。おかしいわ、足音も、声も聞こえるのに・・・あなたから・・・心臓の音だけが聞こえない」


「な、ななな何それ・・・どういうこと~?」


「・・・私にだってわからない・・・でも、」


「やめてくれ!姉さん!!」

上野は血相を変えて叫んだ。


「あなた・・・・〝人間〟じゃないんじゃない?」

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