ミドリの奇襲

チョークの音。教科書をめくりながらノートをとる生徒達。いつもと同じ授業の風景。普段なら懸命に授業を聞いてノートにまとめるが、今のあかりは授業に全く集中できなかった。


(まさか、お母さんのことまで知られてたなんて・・・)


自分の命を狙われていることでも十分恐ろしいのに、まさか自分の母親まで調べられているとは思わなかった。

これからは自分だけでなく、母の身まで守っていかなければならないのか。


写真の文字は緑色のインクで書かれていた。おそらく犯人は色人のミドリだと推測した。

アオ達の居場所を聞いてきたということは、あかりを狙う前に彼らを襲うつもりなのだろう。

彼らがいなくなれば、あかりを狙いやすくなる。


(・・・どうしよう・・・・)


母親を襲われるわけにはいかない。先日見たミドリは容赦なくあかりとアオを攻撃してきた。きっと母を殺すことだってためらいがないはずだ。

あかりにはバイトもあるし、学校もある。母親だって一応仕事をしている。自分の身を守りつつ、母も保護するなんて不可能だ。


(やっぱり、警察に言おうかな・・・・)


でも、こんな話をして警察が信じてくれるとは限らない。おかしな幻覚を見ているのだと思われる。


しかし、ミドリが彼らを殺したら、どのみちそのあと自分が狙われるだけだ。


(どうしよう・・・私・・・)


「・・・・・・・・・」


あかりは、気が付けば席を立っていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


〝人間が人間の命を奪うことは、極めて容易である〟


〝しかし、それは人間が最も犯してはいけない大罪にあたる〟


〝何故なら、その大罪を犯した者は、二度と人間に戻ることはできなからである〟


「・・・・・・」

アオはアジトのソファに寝転がり、天井を見上げた。


こうして一人でいると、ハカセの研究所で読んだ、聖書のような本の内容を思い出す。

ハカセが色人のデータをパソコンに入力している間の休憩時間、研究所の隅においてある本をよく読んでいて、字も本で覚えた。


今の時間はあかりは学校だ。一応キイロに学校の外から見張らせているが、さすがに学校では他の色人も手を出さないだろう。


「・・・・・ん?」


(何か、焦げ臭い・・・・)


次の瞬間、爆発のような音が響き、アオの周りは炎に包まれた。


「・・・・!?」


アオは瞬時に、アジトが放火されたのだと把握した。誰の仕業かはわからない。とりあえずこの場所から脱出することが先決だった。


アオは周りを見渡した。青と黄色の花が植えてある花壇は既に炎に包まれていた。その横に置いてある青の塗料が入ったバケツはまだ無事だ。


アオはバケツに走り寄り、バケツの中に手を突っ込んだ。


「・・・・・・・・!」


目をつむり、全神経を集中させ、バケツの中の塗料全てで大きな硬い楕円を形成し、壁に投げつけた。


壁に楕円形の穴が開き、アオはその穴に向かって走り、外へ出た。しかし、間髪入れずにアオの首に緑のツルが巻き付き、そのまま勢いよく地面に叩きつけられた。


「がはっ・・・・」


その衝撃にアオがむせて顔を上げると、ツルを持ったミドリがしたり顔ですぐそばに立っていた。


その表情を見て、工場に放火したのはミドリだと理解した。


このような事態を避けるためにアジトの場所は人目につかない場所を選び、尾行にも最大限気を張っていたのだが。


しかし、何故かミドリはアジトの場所を知っていた。


「ミドリ・・・・」


「とりあえず邪魔なアナタから始末シマス」


ミドリは仰向け状態のアオの胸の上に腰を下ろし、アオの首を押さえた。


「ぐっ・・・・テ、テメーが火をつけたのか・・・」

「ハイ」

「・・・・・本気で殺す気か、俺を、」


乞うようにミドリを見つめるアオだったが、ミドリはそんなアオを、冷酷に笑い捨てた。


「・・・・・アナタ、何か勘違いしてまセンカ?」

「?」


「確かにあの時、私たちはあのハカセの元で生活を共にしていマシタ。・・・・しかし、それだけデス」


「私たちはトモダチというものでもなければナカマというものでもありマセン。ただの・・・元ドウキョニン、といったところでショウカ」


「・・・・・・・・」


「ですから、私の邪魔するなら容赦なく殺しマス」


ミドリの手には尖ったツルがあり、アオの首元を狙い、振り下ろした。

アオは反射的に首をすくませた。


「ブーーーー・・・・・・!」


アオが何かを吹き出し、ミドリの視界は青く染まった。


「・・・・・・・!?」


いきなり目が見えなくなって混乱するミドリを蹴とばし、硬質を失った首のツルを青の花びらで切断し、ミドリから離れた。


「オマエ・・・・何をシタ!?」

「こうゆう時の為に、スカーフの裏に青の粉を塗っておいた」


ミドリがアオを刺す直前のタイミングで、スカーフ裏の粉を舐めとり、口内で細かい針に変形させ、毒霧のようにミドリの目元に吹きかけたのだった。


「・・・・・・・・・」


ミドリから離れることに成功したが、色人相手では数秒の時間稼ぎにしかならない。

ミドリは常備していた草を目にあて、すぐに回復した。


「・・・・チビで弱いくせに悪知恵が働きマスネ」

「だから知恵を絞ってんだよ」


工場の裏は平地だが、ところどころに雑草が生えていて、ミドリも大量のツルや草を脇に抱えている。

本当は一旦逃げて回復したいが、ここでミドリに背を向ければ先ほどのように伸びたツルで捕まえられる。

脱出のために行った変形でエネルギーを使っているし、ポーチに忍ばせている花びらも数は限られている。とりあえずエネルギー補給したいが、ミドリがそんな隙を与えてくれるはずがない。


形勢はアオが圧倒的に不利だった。


「ハア・・・ハア・・・」

「フフ・・・疲れているようです・・・ネ!!」

ミドリは数本のツルを蛇のように変形させ、アオを狙った。

アオは手持ちの花びらを硬質化させ、ミドリのツルを切ろうとした。しかし、


「・・・・・・・!」


ツルは鉄のように固く、花びらで切ることができなかった。

動揺で隙ができたアオの体にツルが巻きつき、そのまま地面に叩きつけられた。


「フフッ。硬質化能力は私が一番高いことを忘れたのデスカ?まぬけデスネ~」

「くっ・・・」

「スピードはあなたの方が上ですが、こうやって動きを封じられたらいくら早くても意味がありマセンネ」


ミドリが笑いながら近寄ってくる。


「至近距離になるとさっきのように卑怯な手を使ってくる可能性がありますカラ。ここでとどめを刺しマス」


そう言って、ミドリは手に持った一番太いツルを最大限硬化させた。


「くっ・・・・」


アオの胸元に尖ったツルが迫ってきた。


「サヨナラ、アオ」


ミドリのツルが振り下ろされる寸前、ミドリの右腕は炎に包まれた。


「!?」


ミドリは混乱し、手元を見た。


アオに向けられたツルから、青い炎が舞い上がり、そのままツルを渡ってミドリの右腕まで到達していた。


「・・・・・・」


よく見ると、アオの右手にはガスバーナーが握られていた。


「まさか・・・〝青い〟・・・炎!?」

「そう。ハカセも気づいてなったみたいだが、どうやら気体でもいけるらしい」


またも攻撃の寸前で、アオは隠し持っていたバーナーを発射し、青い炎を操ってミドリに反撃した。


「いくら硬質が硬くても、性質まで変えられるわけじゃない。草は草だ。火で燃える」


「く・・・くそっ・・・・!」


青い炎はミドリの服に燃え移り、ミドリは蹲った。


(やばい・・・・)


予想以上の火力に、アオは焦った。


この辺りに水はない。ミドリは草やツルしか持ってきてないし、アオ達の塗料は燃えたアジトの中だ。そして、アオの体にはツルが巻きついて身動きが取れない。


「おい、ミドリ!助けてやるから、これ外せ!!」


「うっ・・・くう・・・」


アオは叫ぶが、ミドリには聞こえていなかった。

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