第24話 終わりの始まり

 ザギバが使っていたビットが、アルテミスに吸い込まれていく。その体内で、なにかが渦巻く気配。鉄と鉄を力任せに混ぜ合わせるような音がする。

 上空に新しいアルテミス・ビットが出現した。数は三つ。ザギバが使っていた数の十分の一。ただし大きさが違う。リンゴどころかリンゴの木が収まってしまいそうだ。

 その巨大な球体が激しく輝き始めた。

 アルテミス・ビットには光線を放つ機能がある。本体が大きくなったのだから、光線も相応に強くなるだろうと予測がつく。


 狙われている。

 リネットは本能で理解した。これほど強烈な敵意を向けられたら、生まれたばかりの赤子でも感じ取るだろう。

 光線が放たれたら、こんな公園など丸ごと焼き払われるだろう。

 早く逃げなければ。

 しかしヘルヴィの傷はまだ塞がっていない。腕はともかく心臓は今すぐ治さないと取り返しがつかない。ああ、けれど逃げないと二人とも殺される。


「助けて――」


 無駄と分かっていても、誰にも届かないと分かっていても、リネットは呟いてしまった。

 否。無駄と分かるほど、まともな思考はできなかった。ただ死が迫った刹那に、恐怖のあまり漏らしてしまった一言に過ぎない。

 なのに、それに応える者がいた。


「我流――白三日月」


 声が届いたのが先か、三つの巨大ビットが両断されたのが先か。

 とにかく理解できたのは、テオドールの技によって助かったという事実。

 本当に事実なのか?

 死の間際に都合のいい幻を見ているんじゃないか?

 そんな疑惑を吹き飛ばすように、テオドールが目の前に降り立った。その背中はアルテミスより大きく見えた。


「よく分からんが、大変なことになっているな。リネット、よくヘルヴィを守ってくれた。引き続き回復魔法を頼む。あの馬鹿でかいアルテミスは俺が相手する。呆けた顔をするな。ワスレナグサを見に行くんだろう?」


 たった一人であれと戦おうというのか。

 自発した張本人さえその力を想定できずに殺されてしまったモンスターに、単独で立ち向かうというのか。

 自殺行為だ。

 私も一緒に戦う――そう言いたかった。しかしリネットにはヘルヴィを治すという使命があり、そもそも自分が加わったところで足手まといにしかならない。


「テオドール、お願い! ヘルヴィは私が必ず治すから……それまで頑張って!」


「なるほど。師弟で力を合わせて強敵を打てと。なかなか燃える展開だ。それを見たいなら急げよ。俺が倒してしまうぞ」


 そう言い残してテオドールの姿が消えた。いや、違う。リネット如きでは視認できない速度で体当たりし、アルテミスを転ばせてしまったのだ。

 上半身が公園の外に落ちていく。

 甲高い声が聞こえる。悲鳴ではなく歓声だった。

 もはや真っ当な神経の持ち主は避難して、命がけの野次馬だけが残っているらしい。

 戦いに巻き込まれても死なないという自信があるから残っている。なら死んでも自己責任だ。


「あんな大きな二足歩行……安定性悪そうだけど……それにしても体当たりで倒すとか……」


 テオドールのでたらめな強さにリネットは一瞬、我を忘れそうになった。

 慌てて回復魔法に集中する。


「やった……治った!」


 ようやく胸の穴を塞いだ。するとヘルヴィはゆっくり目を開ける。


「ボク……まだ生きてる……?」


「うん! ありがとうヘルヴィ。私を庇ってくれて。それで……テオドールがアルテミスと一人で戦ってる。手伝ってあげて……!」


「分かった……って、もう遅いみたい」


「っ!」


 間に合わなかったか。やはりテオドールでも、あのアルテミスと一人で戦うなんて無理だったのか。


「今からトドメを刺すところ。さすがは師匠。格好いい……」


 ヘルヴィはうっとりした口調で言う。

 回復魔法に全てを注いでいたから、分からなかった。しかし顔を上げると、確かに格好いい光景が広がっていた。


「図体がデカいだけだ。ジェラルドに比べれば雑魚もいいところ」


 そう言いながらアルテミスの両足を斬る。胴体が地面に落ちる前に両腕を斬り、最後に首を跳ね飛ばす。

 バラバラになったアルテミスは、光の粒子となって溶けていく。

 全てが一瞬だった。

 テオドールが二本の剣をどう操ったのか、まるで見えなかった。


 確かなのは、テオドールの強さがリネットの想定を超えた高みに至っていること。

 おそらく無限の塔でなにかあったのだ。

 この強さなら、きっと。


 ――ねえ。私を通して感じてる? テオドール、本当に凄いよ。これなら私たちが誰かを殺す前に、本当に自分を失う前に、終わらせてくれる。うん。頑張ったよね。もうちょっとだけ、一緒に頑張ろう。


        △


 アンリエッタが最強のアンデッドとして君臨するようになってから、不確定都市に入る冒険者の数は減った。しかし皆無ではない。

 いつだって命知らずはいる。自分の強さを証明するため、あえて危険に飛び込む。

 その三人も、そういった人種だった。


「ついに来たな……不確定都市。俺たちは無限の塔の百階まで行けたんだ。ここでも通用するはずだ」


「理由は分からないけれど、アンリエッタは決してトドメを刺しに来ないって話よ。なら恐れることはないわ」


「僕の分析では、アンリエッタの動きはアンデッドとして異常です。いつまでも続くと思わないほうがいい。異常行動が終わったときになにが起きるかも未知数。なのにアンリエッタを恐れてほかの冒険者が寄りつかない今こそが、不確定都市を探索するチャンスなのです」


 三人には仲間意識があり、同時に、それぞれの野望もあった。肩を並べて歩いているが、それは仲良く和気藹々とするためではない。己が最強になるために努力し、仲間に負けじと高め合い、結果として互角になっているのだ。ある意味、理想的なパーティーといえる。


 三人とも才能があった。それに奢ることなく努力を重ねた。ここに来るまで挫折もあった。それでもまだ立っている。

 強い決意が三人を支えている。

 その決意をすり潰す〝なにか〟が、不確定都市の奥から来た。

 それは銀色の長い髪をなびかせる、宙に浮かんだ美女の死体。

 莫大な魔力を垂れ流し、不確定都市の建物を粉砕しながら、ゆっくりと直進してきた。


 三人は恐怖の声さえ出せなかった。別に気配を消して隠れようとしたのではない。絶望が大きすぎて思考が止まってしまったのだ。カカシのように棒立ちで、死体が脇を通り過ぎていくのを見つめるばかり。


 美女の死体は結局、三人に興味を示さず、どこかに行ってしまった。


 ダンジョンで死んだ者はアンデッドになり、ほかの者を襲ってアンデッドを増やす。そして、自分が死んだダンジョンの外に出ることはない。

 その原則が崩れている。

 まるで一つ原則を否定し続けた反動で、より大きな亀裂が生まれてしまったかのように。

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