第22話 自発素材

 アルテミスというモンスターがいる。

 人間の女性のようなシルエットだが、顔が存在せず、その部分はのっぺりとした平面だ。全体が白灰色で、まるで石像である。

 なによりも身長が二十メートルを超える巨体であり、生きた人間と見間違えることはまずない。


 テオドールが無限の塔にいる間に、グルメの町ローメリアで、誰かがアルテミスを自発召喚したという。

 一瞬で討伐されたので町に被害はない。

 アルテミスは死体が残らないタイプのモンスターなので、その処理もしなくていい。


 問題なのはアルテミスを自発する儀式に必要な素材だ。

 処女の血肉である。

 アルテミスは貸倉庫の真上に出現した。その倉庫を衛兵が調べたところ、行方不明になっていた女性の持ち物が複数転がっていたらしい。だが死体は残っていなかった。自発素材として捧げられたからだ。


 また、ほかの町で大量の『ユニコーンの魔眼』が買われたという記録が見つかった。

 それは『相手が処女かどうか分かる』という魔眼として程度が低いもので、特に禁止されている品ではない。購入ルートは正規のもので、取引自体はまるで問題がなかった。

 しかし、その魔眼を使って処女が選別され、アルテミスの自発に使われたとなれば、衛兵が本格的に捜査すべき事件となる。


「どうやらアルテミスの自発を、あちこちの町で繰り返しているようだな。捕まらないように移動しているらしい。ところで容疑者は、かつて白騎士候補にもなったザギバという男だと書いてある。種族はリザードマン。ヘルヴィはそいつを知っているか?」


 テオドールは道ばたで買った新聞を読みながら弟子に質問した。

 前世で見た新聞はもっと文字が掠れていたが、印刷技術が進歩したらしい。かなり読みやすくなっている。


「ザギバ。うん、知ってるよ。そういう事件を起こしそうだなという印象の人」


 テオドールが新聞を降ろすと、ヘルヴィが表情を曇らせていた。

 ここは喫茶店のオープンテラス席。

 心地よい風と光を感じながらの朝食は、とても開放感がある。

 グルメの町は料理の味だけでなく、店の雰囲気も大切にしているようだ。

 しかしテオドールのせいで、ヘルヴィは『嫌なことを思い出した』という顔でテーブルに頬杖をついてしまった。


「十五年前。師匠がいなくなって白騎士が空位になって、冒険者ギルドは誰にその座を与えるか、何人か候補を立てたんだ。そして最後まで残ったのがボクとザギバ。口惜しいけど、単純な戦闘力だとザギバに分があった……それでも最終的にボクが選ばれたのは、彼があまりにも素行不良だったから」


「少々の問題があっても、力があれば五色に選ばれるはずだが。具体的になにをやらかしたんだ?」


「魔法師協会の研究所を襲撃して新型魔法具を強奪。金持ちの家に押し込んで金品を強奪。輸送船に乗り込んで物資を強奪……そのほか色々。色んな組織や個人がザギバに賞金を懸けてたみたい。けれど、どれもハッキリした証拠がなかったんだ。目撃者が皆殺しになっていたから」


「ハッキリしていなくても、状況証拠があるから賞金を懸けられたんだろう? そんな奴を候補にする時点でどうかと思うが」


「まあ……冒険者ギルドってたまに、どうかと思うことするじゃん。けれど、ついにザギバは目撃者を残た。ライバル候補であるボクを襲撃したんだ。ボクは応戦し、逃げ延びた。ギルドは彼の除名を決定。それに腹を立てたザギバは、複数のギルド支部に乗り込み、たまたま居合わせた冒険者たちを殺害。装備を強奪。更に受付嬢への強姦を繰り返し、ついに冒険者ギルドからも賞金を懸けられた。いまやどこの組織にも属することができずに逃走を続ける、哀れな賞金首ってわけ」


 そう語りながらも、ヘルヴィの口調には哀れむ様子が皆無である。話を聞いたテオドールとて、わずかながらも同情しなかった。


「なんでそんなにアルテミスを召喚したがるの? 倒すとなんかいいことある?」


 リネットがサンドイッチをもりもり食べながら小首を傾げる。


「アルテミスは倒すとすぐ死体が消えるけど、その代わりにアイテムを落とすんだ。アルテミス・ビットっていうんだけど」


 リネットの疑問にヘルヴィが答える。


「どんなアイテム?」


「簡単に言うと、光る球だね。普段はブドウ一粒くらいの大きさで、使うときはリンゴくらいになる。持ち主の意思に応じて自由自在に空を飛び、防御障壁を張ったり、光線を放って攻撃したりと、実に便利なアイテムなんだよ。数を揃えれば、一人で何人分もの戦力になる」


「へえ、私も欲しいかも。沢山集めれば、一人で軍団。リネット軍団……強い!」


 リネットは妄想を膨らませたらしく、ふんすと鼻息を荒くした。


「もっとも、操るのが凄く難しいんんだけどね。アルテミス・ビットにだけ集中してたら自分の動きがおろそかになるし。高い空間把握能力がないと宝の持ち腐れ。それにビットが出す障壁も光線も、持ち主の魔力を使ってるから、数があればいいというものでもないし。ビットに魔力を吸われて倒れちゃう」


「そっか……世の中、簡単な話はない……」


「アルテミス・ビットを沢山集めることからして簡単ではないけどね。一度に操れるのは、五個か六個といったところかな。ザギバは強いけど、まあ彼もそんな感じだよ、きっと。沢山集めているのは、裏の世界で売りさばくためじゃないかな? 彼はもう表の世界で働けないから」


 ヘルヴィはそう締めくくった。

 が、テオドールはそれに異論があった。


「俺の古い友人は、魔力で作った剣を十本も同時に操っていた。奴ならアルテミス・ビットもそのくらい使えるだろうな」


「はあ……師匠のイマジナリーフレンドは凄いんだね」


「イマジナリーフレンドじゃない。実在している。双剣のジェラルドだ。お前だって名前くらい知ってるだろ」


「知ってるけど。生きてたら百八十歳とかでしょ? それが現役で剣豪やってて、無限の塔の百階にいるとか、もっとリアリティのある嘘をついてよ」


「……やれやれ。白騎士の座を継いでも、広い世界が見えていないらしい。まだまだお前の想像を超える強者がいるというのに」


「む。なんだか呆れられた。そりゃ『五色の末席』とか『穴埋めの白騎士』とか言われてるけど……ボクだって頑張ってるんだよ!」


「そんなこと言われていたのか。お前は強い。胸を張れ」


「し、師匠!」


「とはいえ確かに、まだまだ精進は必要だがな。アンリエッタでさえ死んだ。ならば俺やお前は尚更だ。ダンジョンには誰も踏み込んだことのない場所が無数にあり、そこにどんな強敵がいるか分からない。共に強くなるぞ、ヘルヴィ」


「はい! これからもご指導ご鞭撻のほどお願いいたします!」


 ヘルヴィはグッと拳を握りしめて決意を露わにする。


「リネットちゃんもボクたちと一緒に修行して、ドンドン強くなろう。君には才能がある。ボクが保証する!」


「一緒に……これから……」


「リネットちゃん? どうかした?」


「な、なんでもない。うん、二人がよければ、これからも私を同行させて」


 リネットはいつもよりボンヤリした様子だった。

 体調が悪いのかとテオドールは心配したが、食べる量はいつもと同じだ。食事に集中していて話をちゃんと聞いていなかったのだろうか。

 いや。食事に集中しているなら、もっと美味しそうに食べるはずだ。なのに料理にさえ上の空。

 理由を問い詰めたほうがいいのか。

 しかしヘルヴィの問いをはぐらかした。つまり答えたくないらしい。

 テオドールは少し様子を見ようと結論づけた。


 それよりも、アルテミス事件に巻き込まれるのが嫌なので、さっさと出発し、不確定都市に近づくべきだろう。


「リネットとヘルヴィが生贄にされてはたまらんからな」


「ちょっと待った、師匠。リネットちゃんはともかく、どうしてボクが処女だと決めつけるのかな? 師匠が転生して十五年。その間になにかあったかもしれないじゃん?」


「なにかあったのか?」


「ねーですけど。ボクはずっと師匠一筋なので。ほかの男性に目移りするなどありえねーですけど。むしろ疑われたら拗ねてますけど」


「すでに拗ねてるじゃないか」


「この百倍くらい拗ねる!」


「お前、この十五年で面倒くさい奴になったな」


「もとからだよ。気づけなかったのは、それだけ他人に興味がなかったからでしょうよ。弟子のボクさえちゃんと見てなかったんだ。よかったですね、気づけるようになって。けっ!」


 ヘルヴィはのしのしと大股で歩き、町の門を潜っていく。

 テオドールはなにか言い返してやりたかった。が、心当たりが多かったので、藪蛇を恐れて沈黙を選んだ。

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