第21話 合流
百階のとあるエリアの床に、大きな魔法陣がある。
それは人が描いたものではなく、無限の塔の一部である。削り取ってもまた浮き出てくるし、部屋ごと破壊してもすぐにもとに戻る。
その魔法陣の上に立って強く念じると、一瞬にして五十階に戻ることができる。
五十階にも似たような魔法陣があり、行き先はそこだ。
百階で一度でも魔法陣を使うと、五十階から百階へとの瞬間移動も可能になる。
魔法陣はゲートと呼ばれている。冒険者たちが百階に町を作ったのは、ゲートが便利だからだ。
テオドールの魂は前世と同じだが、体が違うせいか、五十階のゲートから百階へのショートカットができなかった。
しかし、これで次から百階に行くのが楽になる。
どうせなら一階と百階にゲートを作ってくれればいいのに。それは楽をし過ぎだ、と塔を作った者は思ったのかもしれない。何者かは知らないが、妙なこだわりの持ち主だ。
「まあ、五十階から一階まで行くのは酔い覚ましに丁度いい」
テオドールはモンスターを斬りながら上機嫌で歩いた。
途中、冒険者の一団と遭遇した。
武器屋で話しかけてきたあの冒険者も混じっていた。
巨大なカマキリ型のモンスターと戦闘中で、かなり苦戦している。
「くそっ……五十階は今までと段違いだ。もっと準備してくればよかった」
「準備といっても、五十階まで辿り着いた奴が誰もいなかった。情報がないのに今以上の準備なんてできるかよ!」
「ねえ、私たち、もしかして人類で初めて五十階に来たんじゃない? その偉業を成し遂げたのに、誰にも知られずに死ぬなんて嫌よ! 撤退しましょ!」
「あのカマキリが撤退させてくれないんだよ! 背を向けてみろ。その瞬間、あの鎌で真っ二つだ!」
随分と大騒ぎしている。
テオドールはこの辺の階層で苦戦した覚えがないので分からないが、彼らにとってカマキリはとても強敵らしい。
「よう。こんなところで会うとは奇遇だな」
テオドールは冒険者に自分から声をかける。
「お、お前はランモルの剣を買った小僧! どうして五十階にいる……いや、それよりも! いくら強い武器を持っていても、Cランクがあのモンスターの前にいたら何秒も保たないぞ。俺らが戦っているあいだに逃げろ!」
「相変わらずいい奴だな、あんた。自分が死ぬかもしれないってときに」
「死ぬかもしれないからこそだ! お前、逃げ帰って俺様たちの雄姿をみんなに語ってくれ。人類史上初、五十階に辿り着き、そこで新米冒険者を逃がすために命を張った俺たちの雄姿をよ……!」
彼が格好いい口調で言うと、ほかの冒険者たちも恰好いい笑みを浮かべた。
テオドールは素直に感心した。ほとんど見ず知らずの相手のために盾になるなんて、自分にはできそうにない。
「あんたたちの活躍は、あんたら自身で語れ」
テオドールはすたすたと進む。
「待て、どうしてカマキリに向かって歩く!」
「こっちが近道だからな」
邪魔なカマキリがいたので、二本の剣で細切れにしてやった。
「な、なによあの子! 超強いんだけど? あんた、あの子と知り合いなの!?」
「お、落ち着け! あいつが強いんじゃない。あいつはランモルの剣を持っている……カマキリを倒せた秘密はそれだ……って、両手とも違う剣!?」
「……あれはいい剣だった。が、付呪が少し甘かったから俺が手直しした。百階にいたランモル本人に見せたら、やけに感激してくれて、元値の五割増しで買ってくれた」
「なっ、百階!? ランモルの剣をお前が直して、作った本人に売っただと! そんなの信じられるわけが……」
彼は叫ぶが、細かくなったカマキリの死体を見て声を小さくしていく。
「で? で? あの子は誰? 強い上にイケメンじゃない。私の好みよ。勧誘しましょ!」
「あ、あいつはCランク冒険者だ……武器屋で右も左も分からなそうな顔をしていたから、俺がアドバイスしてやったんだ……あいつは俺のアドバイスを忠実に聞いて、ついに百階に辿り着くという偉業を成し遂げたわけだ。つまり……あいつは俺が育てた!」
「嘘ついてんじゃないわよ! あんな強いCランクがいてたまるか!」
「いてっ! 現にいるんだから仕方ないだろ!」
冒険者たちはなにやら揉めている。
テオドールは彼らへの興味を失い、足早に無限の塔を去った。
それにしても塔で過ごした時間は、実に得るものが多かった。
この充実感は、酒のせいではないと断言できる。
実のところテオドールはずっと迷っていた。不確定都市に向かってはいるが、このままアンリエッタと戦うべきか答えを出せないでいた。
しかし今なら勝てる。
この双剣。ジェラルドとの戦いで冴え渡った感覚。
アンリエッタの攻撃の尽くを全て斬り裂けるという自信がある。
テオドールは、ローメリアという町に向かう。
ヘルヴィとリネットと、そこで待ち合わせする約束だった。
ローメリアはグルメの町として有名だ。
様々な店が並び、どんな偏食家でも一週間も滞在すれば好みの店が十軒は見つかるといわれている。
落ち合う予定の宿に行く途中、とある店から若いカップルが出てきた。
その二人の会話が、テオドールの注意を引いた。
「さっきの女の子、凄かったねー」
「一人で十人前を食べれば無料って大食いチャレンジを、五周目だもんな。店長泣いてたよ」
テオドールは確信に近いものを感じ、その店に入った。
案の定、巨大なパンケーキをこの世の終わりのような勢いで食べる銀髪の少女がいた。積み重なった皿の枚数を見るに、明らかに本人の体積より多く食べている。どういう体の仕組みなのか。
その横で「もう勘弁してください」と店長らしき男が涙ながらに訴えている。
「リネットちゃん……もう本当にその辺にしとかない……?」
「大食いチャレンジ一人一周までって書いてなかった。後出しでルールを変えるのは反則。こんなに美味しいものが食べ放題。食べなきゃ損」
美味しいと言われた店長は一瞬だけ頬を緩ませた。しかし店が危機的状況だとすぐに思い出して青くなる。
「それはそうだけど……ほら、美味しい店が潰れたら困るじゃない? 今日は終わりにして、次はちゃんとお金を払って食べよ。ね?」
「……分かった。じゃあ次の一周で終わり。店長さん、パンケーキ大食いチャレンジ追加」
テオドールはこの店に縁もゆかりもない。
だが、圧倒的な力を持つ存在が弱者を蹂躙する光景に、胸を痛めた。
巨悪の背後に回り込み、脳天にチョップを振り下ろした。
「お前はヘルヴィの言葉の趣旨が分からないのか」
「いたい……帰ってきたと思ったらいきなり暴力……酷い」
「酷いのはお前だ。店長の追い詰められた顔を見て、なんとも思わないのか。俺はそんな風にリネットを育てた覚えはないぞ」
「育ててないから覚えもないのは当然……」
リネットは頬を膨らませて文句を言う。しかし店長の顔を見てハッと目を見開いた。
「わ、私……パンケーキの美味しさに目が眩んで……食べることしか考えてなかった……店長さんはこれを売って生活してるのに……そういうの想像できなかった。私、作ってくれた人に感謝がなかった……」
「ああ、どうか泣かないでください小さなお嬢さん。美味しいと言ってくれる人がいる。それが料理人にとって最高の栄誉なんですから。あなたは本当に美味しそうに食べてくれました。できることなら、もっと食べさせてあげたいのです。しかし、あなたが言ったように、私にも生活があります。後出しルールで恐縮なのですが……大食いチャレンジは一人一回までということでどうか……」
「分かった。美味しいパンケーキ、ごちそうさまでした。次は普通に注文する」
リネットの言葉を聞いて、テオドールは肩の力を抜く。
もしこれ以上タダ飯を食べ続けるつもりだったら、どう説得すべきかと真剣に悩んでいた。
それにしても、こんなことに真剣になる自分が不思議だ。
リネットを見ていると親心が湧いてくる。そんなガラではないはずなのだが。
予定していた宿に行き、テオドールたちは一息つく。
塔の百階から持ってきた剣を見てリネットは「格好いい!」とはしゃいだ。
「あと、剣のほかにこれも回収してきた。お前にやる」
「綺麗なペンダント。これを私に? プレゼント?」
「そうだ。攻撃魔法に対して自動的に障壁を張ってくれる。護符ほどの効果はないが……その代わり護符のように破れたりしない。何度でも繰り返し使える。まあ防御力は気休めで、お守りみたいなものだと思ってくれ」
「テオドールからのプレゼント……凄く嬉しい。大切にする。似合ってる?」
「ああ。似合ってる」
「えへへ……ありがとう」
リネットは笑顔を浮かべてペンダントを手でいじる。
百階に死蔵しておいても意味がないからと軽い気持ちで持ってきたが、想像以上に喜んでもらえた。
近頃リネットの表情が自然になってきた気がする。自分やヘルヴィと旅をしてきた影響だとすれば嬉しい。
「へえ……リネットちゃんにプレゼントを……へえ……いいなぁ。ボクも師匠からプレゼント欲しいなぁ」
ヘルヴィは目を細くし、眼光だけでペンダントを破壊するのかというほど睨んだ。
「うぐ……ねえテオドール……ヘルヴィにもなにかないの?」
「ないのかなー? 師匠、ボクにはないんですかー?」
「そう睨まなくてもある。同じもので恐縮だがな」
鞄から同じペンダントを出した。
その瞬間、ヘルヴィの瞳に輝きが戻った。
「あはは、なんだ、もう、師匠ったらお人が悪い。まるでリネットちゃんにだけあげて、ボクをハブってるのかと思っちゃったよー」
「随分とこだわるんだな。この程度の魔法効果なんて、自分で付与できるだろう」
「性能の問題じゃないし。師匠からもらうというのが重要なの!」
「そうか。まあ、分からなくはない」
なにをもらったかより、誰からもらったかが重要。いくらテオドールでもその程度は理解できる。
「テオドール、自分の分も持ってきたんだ。三人おそろい。テオドールからもらえたのも嬉しいけど、この三人で同じものを持ってると思うと、なんだか心がポカポカしてくる。三人でずっと一緒にいたい……」
「ああ~~、リネットちゃんは可愛いこと言うねぇ。本当、いい子。なでなで」
「えへへ、なでなでされた」
「お前たち。俺がいない間に、更に仲良くなったみたいだな」
「うん。私たち親友。ガールズトークしまくり。私、友達と親睦を深める達人になったかも。陽キャでパリピになる日も近い。テオドールにも人付き合いを指導してあげる」
リネットは自慢げに言う。
テオドールは感銘を受けなかった。百階で古くからの友人たちと酒を飲み交わした記憶が今も鮮明であるからだ。
「友達ね。ふふん、悪いが俺には前世からの友人が沢山いるんだ。お前に教わることはない」
「謎の上から目線……可愛くない……」
リネットは悔しがる。それを見てテオドールは優越感に浸った。
やはり友達がいるというのは悪くない。
「師匠に友達……? 子供相手に見栄を張っちゃいけませんよ。みっともない」
ヘルヴィの口調は、悪さをした子供をいさめる母親のようだった。
テオドールに友達がいるはずないと確信していた。
弟子にそんな目で見られていたかと思うと情けなくて、優越感が蒸発していく気分だった。
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