師匠殺しのテオドール ~魔力も剣技も武器も二周目人生に引き継いで最強に至る~

年中麦茶太郎

第1話 火花の畑で踊る二人

 街中の花畑で若い男女が踊っていた。

 尋常の花ではない。

 全て火花である。


 男は両手で握りしめた剣を、女の首に向かって振り下ろした。

 人間業とは思えぬ速度だった。疾風でさえ比較の対象として生ぬるく見える。

 一刀のもと斬首してやるという意思が風圧と共に放たれる。


 女は片手で持つ杖で、その斬撃を弾く。

 必殺の決意をたぎらせる男と対照的に、女は無我であった。

 なんの気負いもなく、ただ攻撃を防ぐ。隙を見て反撃する。


 剣と杖がぶつかるたび、火花が散る。

 火花が消える前に、新たな火花が咲く。

 だから真っ赤な花畑の中で、踊っているように見える。


 その踊りに巻き込まれれば、常人は瞬く間に肉塊となるだろう。

 しかし、この街に住人はいない。

 歴史上、ここに人間が住んだことも、どこかの国の領土になった記録もない。

 神々でさえ、なぜここに街があるのか知らぬと言う。

 強力無比なモンスターが跋扈し、立ち入るたびに道が変わり、建物が変貌する。


 六大ダンジョンが一つ『不確定都市』。


 本来なら、人同士で殺し合っている場合ではない。

 この場所で生き延びたいなら、相手が親の仇であろうと協力し合うべきだ。

 だが男は女へと剣を振り下ろす。

 斬撃だけでは通じぬならと、魔法で雷撃を放ち、同時に氷塊を撃つ。

 目に涙を浮かべながら、愛した人を殺そうとする。

 男はただ女だけを見つめていた。


 一方、女の目はなにも見ていなかった。

 瞳に光がなかった。

 表情のない顔も、血の気のない肌も、生者のそれではない。

 そう。

 女はすでに死んでいた。死んだのに死にきれずにいる。

 ゆえに『男が女を殺そうとしている』というのは不正確な表現だ。

 死体でありながら動き続ける彼女を眠らせるため、壊そうとしているのだ。


「師匠……師匠……!」


 男は叫ぶ。

 女は応えない。

 ただ斬撃を杖で弾き、魔法を障壁で反射するのみ。


 男は自分へと返ってきた攻撃魔法を剣で斬り裂く。

 と、それで一瞬の隙を作ってしまった。

 女の姿が視界から消えた。


 気配で場所を探ろうにも、相手は死体。

 呼吸も鼓動もない。思考しているのかも怪しい。

 男はとにかくその場を逃れることにした。

 跳躍して近くの建物の上に移動する。

 その判断は正しかった。


 まるで気配を感じられなかったのが一転し、体の芯から震えるような恐ろしい魔力が放たれた。

 眼下の石畳が、一面、炎に包まれる。

 視界を埋め尽くす赤。もはや花畑は例えの対象に相応しくない。溶鉱炉か、火口か。あるいはドラゴンのブレスか。


 その炎魔法の威力に見とれることはできなかった。

 心構えの問題ではない。

 男に雷が降ってきたのだ。

 どうやら女は、男がここに逃れると読んでいたらしい。


 しかし男も木偶ではない。

 全身を防御結界を覆い、ダメージを最小限に抑える。

 そして確信する。相手はもう自分が知っている師匠ではないのだ、と。

 もし相手が師匠で、自分を本気で殺そうとしているなら、とっくに決着はついている。

 打つ手の一つ一つが、わずかに遅い。

 明らかに弱くなっている。

 そんな無様な師匠の死体を、壊してあげられないでいる自分に腹が立つ。


 震えるほどに美しくて、恐ろしいほどに強い。

 死体になって、弱くなっても、師匠はまだ美しくて、まだまだ強かった。


「師匠……アンリエッタ……」


 男は彼女の名前を呟いた。

 そして思い出す。

 初めて会ったその瞬間も、自分は彼女を殺そうとしていた、と。

 今も握りしめている、父親の形見の剣。それを持って来たアンリエッタに「父親の仇」と叫んで斬りかかった。

 殺そうとして、好きになって、愛してしまって、また殺そうとしている。

 あれから十数年。

 刃はいまだに届かない――。

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