はじまりの合図

帆尊歩

第1話 はじまりの合図

パパは箱根駅伝が嫌いだ。

嫌、箱根に限らず、駅伝が嫌いだ。

「パパ。箱根駅伝が始まるよ」と声を掛けても、パパは三才のミーちゃんと遊ぶので忙しい。まあ後、十数年もたてば娘なんて、父親のことを全く相手にせず、近寄ってもくれなくなるかもしれない。

ベタベタ触って。

お風呂に一緒に入って。

チューをしまくれるのも今だけとなれば大目に見てあげよう。

パパは駅伝の選手だった。

でもたいした選手ではない。

あたしたちの高校も駅伝が盛んだった訳でもなく、ただ陸上部があっただけでその中に駅伝グループがあっただけだった。

パパはそこの選手だった。

パパが言うには、自分は駅伝で挫折したと言っているけれど、そもそもうちの高校の陸上部自体がたいしたことないうえ、駅伝グループなんて、何年か前の先輩が、体育教師かなんかの気まぐれか、自分がやりたかっただけかで作った程度だった。

だからさした実績もないまま、パパは陸上部駅伝グループを引退した。

全てが終わったトラックで寂しそうにたたずむパパにあたしは近づいた。

あたしは、うちの高校では何の夢も希望もない駅伝をひたむきにこなすパパにひかれていた。

昔、流行った歌の歌詞じゃないけれど、人々がみんな忘れても、私だけはここにいるよ。みたいな気分だった。


あたしはパパにブレザー姿のまま近づいた。

「スタートやらせてよ」

「全て、終わったんだよ」とパパは言う。

「スタートやらせてよ」ともう一度あたしは言う。

パパは仕方なさそうにスタートラインに立つ。

そしてあたしは声を掛ける。

「位置に付いて、よーい、スタート」あたしは手でピストルの形を作り、パーンと叫んだ。


それは全てが終わった最後のスタートではなく、あたしたちの始まりの合図だった。



「パパ、ミーちゃん。箱根駅伝往路の優勝校が決まるよ」声を掛けても、パパは反応が鈍い。

「本当に駅伝、嫌いになっちゃったんだね」とあたしはパパに話しかける。

「だって。今は、ママもミーちゃんもいるから」と言うパパの言葉にあたしはちょっとだけ嬉しくなった。

そして、往路の優勝校を見るのを忘れてしまった。


              終わり

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はじまりの合図 帆尊歩 @hosonayumu

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