第58話 鬱陶しい誘惑です

 「♪♪~」

「ご機嫌だな」


 鼻歌を歌っている私に向かってそう言ってきます。

 暇なので鼻歌くらい、歌うでしょう?

 それがご機嫌だなんて、目が腐っています。

 

「そう、かな?」


 休日に同級生と出かける事なんて今までなかったみたいな顔やめてほしいです。

 不愉快です。

 そうして歩いていると555の豚まんの方を見て彼は立ち止まります。

 きっと家族にお土産を買うつもりでしょう。

 まさくんは家族に対する気づかいができる子です。

 ここはポイントが高いですよ。

 何事も気遣いできる事が大事です。


「ちょっと買い物いいか?」

「うん、私もついでに買ってこ~」


 私の分も食べたいので、家族分買っていくことにします。

 こうすれば、家族経費として私の分が自腹でなくなるので仕方なく買っていきます。

 仕方なくです。


「いい匂いだねぇ~」

「だな~」


 肉のいい匂いが漂ってきます。

 あぁ~、今食べたい……駄目駄目、そんなはしたない事!!

 もし王子様が来たら幻滅されてしまいます。 

 でも……。

 必死に堪えます。

 

「肉まん10個入二つと二個入り一つ、あと袋もう一つ」

 

 ……は?

 何を考えているのでしょうか、この愚か者は……。

 私が必死に我慢しているというのにまさくんは追加で二つ入りを注文しやがりました。

 一つは私の為に買っている所が余計に腹が立ちます。

 

「たまにはいいんじゃないか? ほら、チートデーってやつ」


 チートデー?

 ……は?

 もしかしてだけど、私がダイエットの為に我慢していると思っているのでしょうか?

 見当違いもいい所です。

 

「うぅ~」


 美味しそう……。

 箱の中でホカホカ湯気立ちしている豚まんがとてもおいしそう……駄目駄目!!

 はしたない行為は……でも……。

 

「うぅ~」


 あぁ~!!

 もう無理、食べる!!

 まさくんの馬鹿!! 

 愚か者!!

 ダメ男!!

 私は心の底で彼に罵詈雑言を浴びせ、ボコボコにして豚まんを口に含みます。

 美味すぎぃ~!!

 こんなの駄目だって、あぁ~。

 口いっぱいに含みます。

 こんなの止まる訳がありません。

 モグモグと食べると、あっという間に豚まんがなくなってしまいました。

 まさくんの嬉しそうな顔がムカつきます。

 しまった……。

 お金が丁度だったので、電車賃がありません。

 困りました。

 ま、偶には歩いて帰るのもいいでしょう。


「どこ行くんだよ」

「ん~? ちょっと家まで歩いて帰ろっかなって、駄目?」


 まだそこまで暑くもないし、豚まんが腐ることもないでしょう。

 それにまさくんに借りを作りたくなどありません。


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