友を誘う姉

 カリンさんが家に来て、お姉ちゃん達が友達になった日から、ちょうど一か月くらいが経った。


 ボクの部屋は窓が壊れていたけど、シズカおばさんが業者さんにお願いをして、直してくれた。


 割れた破片や壊れた家具などは、安城さんが掃除をしてくれて、再び自分の部屋で眠れることになった。


 窓を開けると、夕焼けの空が広がっている。

 外に出て、段差に座り込み、鈴虫の声に耳を傾けた。


「……楽しいな」


 ボクが口にすることはないだろう、と思っていた言葉。

 一人になると、ちょっと寂しくなる気持ちはあるけど、悪い気分ではなかった。


 真上の部屋にはお姉ちゃんがいて、向かいの部屋には安城さんがいる。

 学校に行けば、カリンさんがいる。


 一緒に遊ぶことができる。

 それが、どれだけ心を温かくするのか、やっと知る事ができた。


「レン」


 声がして、顔を上げる。

 上のベランダから、お姉ちゃんが覗き込んでいた。


「ちょっと、どいて」


 言われた通りに、ベランダの陰に移動する。

 すると、上から縄のハシゴが降りてきた。


 ハシゴが揺れるのを見守っていると、ラフな格好のお姉ちゃんが降りてくる。


「何してたの?」

「ただ、ボーっとしてただけ」

「ふ~ん。ここ山だから、夜風は冷たいわよ」


 そう言って、段差に座り、隣を叩いた。

 ボクはお姉ちゃんの隣に座り、一緒に赤く染まる空を眺める。


 何もない時間だった。


「明後日――」


 お姉ちゃんが空を見上げながら言った。


「海に行くわよ」

「海?」

「ええ。オーシャンビューってほど、豪華なものではないけど。海沿いにホテルがあるのよ。そこに一週間ちょっととまって、海で遊ぶの。宿題の残りは、そこですればいいわ」


 修学旅行でもない限り、ホテルに泊ったりすることなんかない。

 プライベートでお泊りというので、楽しみになった。


「近いの?」

「車で20分」


 山と海に挟まれた土地だから、ちょっと離れた場所でも同じ景色が広がっている。


 けど、景色というのは不思議なもので、角度が変われば別物になる。

 例え、近場のホテルだとしても、普段住んでいる所から離れた場所に行くのは、とても楽しみだった。


「それで、ね。堤さんも呼びなさい」

「いいの?」

「ええ」


 にっこりと笑い、お姉ちゃんが低い声で言った。


「人の弟にちょっかい出す愚か者は、躾けてあげるべきよ」

「……え」

「知らないと思ったの? レン、堤さんと付き合ってるんでしょ」


 実は、詳しいことをお姉ちゃん達に言っていない。

 後から言おうとは思っていたけど、言いそびれてしまったのだ。


「レンが誰のものか。教えてあげないとね」


 引き寄せられ、お姉ちゃんの胸に頭を預ける。

 胸は汗を掻いているのか、シャツが湿っていた。

 暑い夜に、お姉ちゃんの熱くなった肌を感じ、ボクは膝を抱えてしまう。


「よし、よし」


 頭を撫でられ、ボクまで汗ばんできた。

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