妖艶な乙女達

ヒーロー

 勇気を出して、自分から普段話さない人に声を掛けた。

 きわどい内容ではないので、廊下に呼び出して、話を聞いてみる。


「中学時代のカリン?」


 相手は、いつぞや忠告してくれたギャルっぽい女子だ。


「うん。悪い子じゃない、って言ってたでしょ。何で、そう思うのかな、って。気になっちゃって」

「あー……。そういや、そんな話したっけ」


 ボクは気になっていた。

 ボクの知らないカリンさんの一面を知りたかった。


 でも、その人の良いところなんて、本人に聞くものじゃない。

 周囲にいたであろう人間に聞いてみて、どう思ってるのかを聞いた方が、第三者から見たカリンさんが知れると思ったのだ。


 目の前の女子は、ボクを黙って見た。

 かと思いきや、こんな事を聞いてきた。


「あの子のこと、嫌になったの?」

「え? ううん。違うよ。本当に、知りたいだけなんだ」

「ふ~ん」


 肩に手を添えられ、窓際に体を向けられる。

 そして、声のボリュームを下げて、教えてくれた。


「私、中学時代に、痴漢されたことあるんだよね」

「そう、なんだ」

「これでも、中学時代は根暗でさ。声が出なかったんだけど。たまたま、一緒に乗ってたカリンが、そいつの手を掴んで、叫んでくれたんだよ」

「……へえ」


 カリンさんは、率先して誰かを助けるような人だった。


「でも、そのオッサン逃げようとしてさ。つり革にぶら下がって、カリンが蹴り飛ばしてくれたんだよ。そしたら、他の大人がやっと動き出して、一緒に押さえてくれたの」


 ギャルっぽい女子は、懐かしそうに笑った。


「その日からかな。話すようになったの。今では、あんま喋らなくなったけど。つか、中学ン時、一時期、超落ち込んでてさ」


 ボクの頭には、以前付き合っていた彼氏、という顔も知らない人物が浮かび上がった。


「彼氏と別れたっぽくて。更衣室でハメるくらい、仲良かったのに。なんで、って聞いても話してくんなくて。他は変な噂流そうとするから、まあ、柄にもなく、私がキレた? みたいな?」


 その時、ボクはちょっとだけ気づいた。


 カリンさんは、たぶん特定の女子の弱みは握っていたんだろうけど、んだ。

 でも、あの猟奇的な願望が露呈ろていしなかったのは、カリンさんを純粋に信じている人がいたからだ。


 その人がから、最悪の事態が免れたのだ。


「そう、だったんだ。知らなかった」


 一方的に、腹が黒いようなイメージを抱いた自分が恥ずかしくなった。


 ボクと、この目の前の女子は、同じ人を見ている。

 でも、見ている場所が違えば、当然別のモノに見えてしまう。


 ボクが見ていなかったのなら、過去に助けられた女子である、この人はもっと全体を見ていた。


「ありがとう。おかげで、もっと知ることができたよ」


 お礼を言って、背中を向ける。


「藤野」


 呼び止められ、振り返る。


「カリンのやつ、見た目よか、繊細だからさ。その辺、気を付けてあげて」


 未だに、彼女は、過去のヒーローを想ってくれていた。

 ボクは「うん」と、目を見て頷いた。

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