カリンさんは、見えない所で堕ちる

 誰もいない視聴覚室の隅っこ。

 ボクはカリンさんと二人きりだった。


「この前は、本当にごめん」


 深く頭を下げて、カリンさんは謝る。


「いいよ。こっちこそ、何も知らずに、好きとか無責任なこと言ってごめん」


 ボクはもう一回、カリンさんと向き合おうと決めた。

 初めての友達。

 同時に、初めての彼女だ。


 ないがしろにして、傷つけたまま終わるのは、釈然としない。


 カリンさんは頭を下げたまま、ジッとしていた。


「顔上げてよ」

「でも、わたし、……とんでもないこと、しちゃったなって」


 カリンさんは、他の人と違う。

 どれだけの苦痛と戦いながら、学校生活を送ってきたのか、ボクには想像がつかない。


「血が、出るのは嫌だけど。まあ、それ以外は、平気だから」

「引いたでしょ? 嫌いに……、なった?」

「あの時は怖かったけど。今は、なんか、……全然怖くないよ」


 恐る恐ると言った風に、カリンさんが顔を上げる。


「ほんと?」

「うん」

「じゃあ、恋人は、ど、どうする? 解消、する?」


 ビクビクしながら聞かれたので、ボクは「そのまま継続で」と答えた。


 ――何気なく扉の方に目を向けると、視聴覚室の前に誰かが立っていた。


「よかったぁ」


 ほっと、安堵の息を吐いて、カリンさんが胸を撫で下ろした。

 ちなみに、扉前の人影は、曇りガラス越しに、ブルブルと震えていた。


「レンくん。わたしね。今度こそ、焦らないで。ゆっくり、わたしを知ってもらおうって考えたんだ」

「うん」

「全部は無理でも、少しずつ、したい事を叶えていきたい」

「うん。そうだね」


 手を取られ、カリンさんは笑う。


「こんな彼女だけど。……これからも、よろしくねっ」


 薄暗い室内で、眩しい花が咲いていた。


「ところで、安城さん達と友達になったって」


 お姉ちゃん達の話をすると、急に表情が暗くなるのだ。

 ゴミでも見るかのように、一点を見つめて、後ろ手を組んでダルそうな態度に変わり、全てが一変する。


「ああ、あの年増ね」

「年増……」

「あの時は、わたし感情的になってたから。あんまり覚えてないけど。慰めてたかと思ったら、いきなりレンくんと別れてくださいね、って」

「へ、へえ」

「断ったら、ベロチューしてきて……。それから、んっ、……やだ、思い出したら」


 局部を押さえ、急にもじもじする。

 相当、やられたみたいだった。

 たぶん、ボクが行くより前から、延々と敏感な場所を弄られていたのだろう。


「あいつ、ほんと、キモいよね。……っ、ふうぅ、歯茎の、裏まで、……舐めてきて、乳首と耳たぶ一緒に弄ってきて」

「う、うん」


 薄暗くても分かる。

 カリンさんがどこか熱に浮かされた表情になって、顔が赤かった。

 悔しげに指を噛み、吐き出す息は震えが混じっていた。


「アソコ、舐められた時は、死ぬかと思った。アソコを舐められてるのに、脳みそを直に犯されてるみたいで。ね、ねえ。あいつ、何であんなに上手いの!? キモいよ。最悪。ほんっとキモい!」


 たぶん、元は同性愛者だから、心得ているんだろうな、と思った。

 あと、もしかしてカリンさんって、お姉ちゃんよりマゾの気があるんじゃないだろうか。


 どっちみち、二人の官能的な一コマを話されて、ボクは反応に困った。


「んふぅ、ふぅ、……でも、今度、家に、……い、行く、から」

「あ、はい」


 来るらしい。


に、命令されたし」

「ラン様?」

「え、あ、いや、こっちの話」


 さすが安城さん。

 お姉ちゃんをキスで完全敗北させただけはある。

 キスをさせたら、例えカリンさんでも容易く堕ちるようだった。

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