???の分岐点

 校長先生が体育祭閉幕を宣言した。


 昨日より早めに終わったことで、他の生徒たちは部活がないこともあり、談笑しながら家路に着く。


 あるいは、「遊びに行こうぜ」と、店が集中する場所に繰り出す生徒たちの姿があった。


 ボクは安城さんに、「ちょっと待ってて」とだけ言い残し、裏庭に向かう。


 安城さんとお姉ちゃんは、終始無言で何だか怖かった。

 人形のように一点を見つめ、返答がなかったので、静かに扉を閉めたのだ。


 学校には人の気配はなく、先生と一部の生徒は片付けをしていた。

 日差しの当たらない学校の陰。

 裏庭には、後ろ手を組んで待つカリンさんの姿があった。


 ボクに気づくと、ぱあっとした笑みを浮かべる。


「お、おす!」


 手を挙げられ、ボクは笑顔で返した。

 近くによると、体育祭の後で汗の香りが漂ってくる。

 でも、嫌な臭いではなかった。


 ボディシャンプーの匂いが混じった香りは、蒸れていて、鼻孔びこうから体の奥を刺激してきた。


 女の子の匂いだった。


「う、うん」

「それで……。少しは、お近づきになれたかな?」

「あ、そうだね。うん」

「もし、足りなかったら、もう少しお試ししてみる、とか」


 これ以上、踏ん切りの付かない事を言うのは、カリンさんに失礼だ。

 自分から言うのは、勇気がいるけど。

 手を握りしめて、ボクは気持ちを吐き出す。


「ぼ、ボクさ。考えたんだけど」

「……うん」


 不安げにカリンさんが、目を覗き込んできた。


「カリンさんと付き合いたいな、って」

「……告白、だよね?」

「うん。一緒にいて、楽しいし。話してて、気が楽っていうか。うん。いいな、って」


 恥ずかしくて、顔を上げれなかった。

 お互いに無言の時間が続く。


 何か言わないと。

 カリンさんは、返事を聞いてどう思ってるんだろう。


 ドキドキしながら、彼女の顔を見上げる。


「あはっ。嬉しい~っ」


 そこにいたのは、ボクの知る天使ではなかった。

 にぃ、と歯を見せて笑い、スマホを取り出す。


『カリンさんと、付き合いたいな』


 ボクがさっき言った告白だ。

 スマホの画面をタップすると、音声が流れてくる。

 たぶん、録音されていたのだろう。


ぁ、わたしに告白したんだよ?」

「えっと、うん。そうだね」


 ボクは何が言いたいのか、未だに分かっていない。


「じゃあ、正式に交際ってことで」

「そうだね」

「で、さ。約束通り、わたし一位取ったよ」

「見てたよ。すごい、速かった」

「あはは。そんな事はどうでもいいんだよねぇ」


 カリンさんが近づいてくる。

 妖しげな目つきをしていた。

 眠そうに半分閉じた目は、どこか虚ろ。

 生気がないか、と言われたらその逆だ。


 熱に満ちていた。


 視線は真っ直ぐにボクの目から、体に下り、カリンさんは歯を見せて、にこにこと笑う。


「明後日、休みじゃん?」

「うん」

「家に行くから」

「……え?」

「ご褒美で、お家デートしたいって言ったじゃん。忘れたの?」

「覚えてるよ。でも、いきなり……」


 両肩を掴まれ、汗だくの胸に引き寄せられる。


「彼女が家に行くのって、そんなに変かなぁ?」

「変じゃないけど。お姉ちゃん達に話さないと」

「あのさぁ。レンくんのお姉ちゃんってぇ。……ちょっと、おかしいよね」


 声には、どこか荒さがあった。


「普通は、弟相手にベタベタしないと思うんだぁ」

「それは……」


 分かっている。

 ボクのおねえちゃん二人は、おかしい。

 それを受け入れてしまっているボクだって、おかしいだろう。


「普通は――」


 尻を鷲掴みにされ、引き寄せられる。

 唇には濡れた柔肉の感触があった。


 いきなり、キスをされたみたいで、ボクは戸惑ってしまった。


 しかも、普通のキスじゃない。

 舌が入り、口の中が吸われている。


「……ん……ごくっ……」


 カリンさんの喉が鳴り、口が離れていく。

 突き出した舌からは、唾液の糸が伸びていた。


「彼女がるものでしょ」


 落ち着いた表情なのに、まるで肉食獣のような荒さが瞳の奥に隠れていた。

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