お姉ちゃんとの特訓2 後

「あ、あが」

「動かないで。じっとしなさいよ」


 お姉ちゃんに歯磨きをされているのだが、どうにも落ち着かなかった。

 他人に歯磨きをされる、というのは自分でやるのと違い、くすぐったい。


 それに口の中を見られるという恥ずかしさがある。


「ゴシゴシ~」

「あがぁ……っ」

「綺麗になったわね」


 歯磨きが終わると、コップを渡される。

 お姉ちゃんは次に自分も歯磨きを始めた。


「な、何で歯磨きをするんですか?」

「そりゃ、キスしますから」

「ごふっ!」


 お姉ちゃんが噴き出した。


「き、聞いてないわよ!」

「今、言いましたので」

「キス……。えぇ、こんな形で……」

「嫌なら結構ですよ。ランは済ませましたし」


 しれっと言う安城さんの頬を両側から引っ張り、お姉ちゃんが険しい顔で睨みつける。


「いはいえふ」

「いつよ」

「お仕置きした時ですね」


 それを言われて思い出した。

 氷風呂の時だ。


「ず、ズルいわ!」

「へっへ~」


 真顔で挑発する安城さんの頬を再度引っ張り、ギリギリ抓る。


「いはいえふ」


 お姉ちゃんは一度ボクを睨み、歯磨きを再開する。

 歯磨きをしてる間、ボクは脇に抱えられていた。

 ひな鳥を守る親鳥のようである。


 念入りに歯磨きをしてから、お姉ちゃんは口に含んだ水を吐き出す。


「じゃあ、まずは、あたしからね」

「どうぞ」

「ん、ん~~」


 ピッチリ閉じた唇をそっと押し付けてくる。

 鼻から溢れた熱い吐息が、上唇に掛かっていた。


「っはぁ、はぁ、……れ、れれ、レンと、キスしちゃった」

「う、うん」


 つい、ドキドキしてしまう。

 厳密には初めてではないけど、あのお姉ちゃんとキスをするというのは、不思議な気持ちになる。


 最近まで、苦手だったお姉ちゃん。

 今は耳を含む顔全体が赤く染まり、オロオロしている。


 そして、それを見ていた安城さんが一言。


「え、バカですか?」


 無言で頬を掴むお姉ちゃん。


「い、いはい」

「キスはキスでしょう! 何が不満なの!?」

「キスはですね――」


 チラ、とボクの方を見ると、指を折り曲げてきた。

 来い、という事らしい。


 二人の脇に立つ位置へ移動する。


「――こうやるんです」

「ひゃっ、な、なにを、んむっ」


 お姉ちゃんの目が大きく開かれる。

 顔を引き寄せて、強引に口を奪うと、小さな水音が何度も鳴った。


「あ、あわ、わわ、わ」


 言葉に表すと、淫靡そのものである。

 頬の肉越しに蠢いているのは、安城さんの舌だろうか。

 口から溢れた唾液がポタポタとタイルに落ち、初めは肩を叩いて抵抗していたお姉ちゃんが、次第に脇を締めて、乙女のようなポーズになっていく。


「んふ、んむ、……っふぅ、ふっ」


 お姉ちゃんの目が蕩けていた。

 だらしなく口を開いて、足はガクガクと震える。


 薄い唇とやや厚めの唇が噛み合うように密着する。

 時折、隙間からは、二人の舌が絡む様子が見て取れた。

 震えるお姉ちゃんの舌をまるでブラシで優しく擦るように、安城さんの舌が磨いていく。


「ふぁ……ぁぁ……っ。も、らめ……」


 その場にへたり込み、お姉ちゃんは肩で息をした。


「はぁーっ、はぁーっ。んくっ。た、て、な……はぁ……」


 開きっぱなしの口からは、透き通る唾液が滴っている。

 ボーっとした表情で、タイルを見つめているお姉ちゃん。

 文字通り、完全に敗北した瞬間だった。


「ふふ……ふふふ……。お子様ですねぇ」


 冷たい笑顔で見下ろした後、安城さんがお姉ちゃんの前に膝を突く。

 すると、お姉ちゃんは肩を震わせ、少女のように肩を抱いて、身をよじった。


「やらぁ! こわい!」

「普段から、これだけ可愛ければ、ランだって楽なのですが」


 弱弱しく抵抗するお姉ちゃんの両手を掴み、「レン様」と呼んでくる。


「一気に落城させましょう」

「ど、どういうこと?」

「ランが道を切り開きました。あとは、敵大将を討ち取るのみです」


 近くへ座るように言われ、ボクはお姉ちゃんの傍に座る。

 涙と汗と涎で、顔がグシャグシャになったお姉ちゃんは、不思議なことに、可愛そうというよりは、艶美えんびな姿に思えた。


 安城さんは後頭部へ手を回すと、容赦なく首根っこを摑まえる。


「さ、こちらへ」

「あ、はい」


 ボクは床に手を突いて、顔を近づけていく。


「今回は、舌を出すだけで構いません。ランにお任せを」


 言われた通りに舌を出す。

 位置を安城さんに調整されて、お姉ちゃんの唇に触れるくらいまで、舌を持っていかれた。


「口を開けてください」

「んっ」

「仕方ありませんね。レン様は、そのままで」


 何をするんだろう。と、思いきや、安城さんも顔を近づけ、一緒に舌を出してくる。

 同時に、胸を触っていた。


「む、胸はやめ……」

「今です」


 ぐいっと頭を押さえられ、舌が温かい滑り穴へ入っていく。


「舌を出してください」

「へ、ぁ……」

「良い子ですね」


 これでは、まるでお姉ちゃんの調教だった。

 でも、あえて何も言わず、ボクは言われた通りにする。


 たぶん、ボクの特訓を兼ねて、日ごろの鬱憤を晴らしているからだ。


「では、失礼します」


 お姉ちゃんと舌を重ねていると、横から安城さんの舌が割り込んできた。

 長い舌だ。

 ボクの舌裏を丁寧に擦ると、次にボクとお姉ちゃんの間に入ってきた。


 三人の吐息がぶつかり、幾度となく水音だけが浴室に小さく響く。

 涎は下に落ちて、ボクはおねえちゃん達の舌に夢中になった。


 そして、思うのだ。


 安城さん、……上手すぎる。


 冗談抜きで、安城さんは舌使いが得意だった。

 滑りのある、別の生き物。

 ボクには、舌を動物のように這い回らせる事なんてできない。


 舌をきちんとお姉ちゃんとボクに這わせながら、ボクの後頭部を優しく撫でてくる。


 思わず、目を閉じた。

 脳みそが丸々溶かされている気分だ。


 これを味わったら、もう戻ってこれない。


 どれくらい、そうしていただろう。


 吐息を浴びっぱなしで顔が熱くなった頃、舌が解放された。


「ふう。どうです?」

「へぁぁ……っ。も、やらぁ……っ」

「はぁ、はぁ、……参りました」


 ボクとお姉ちゃんは、庶民メイドの舌に負けてしまった。

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