堤さんだって、本当は

 誰もいない裏庭で、ボクは再び体操着を着ていた。

 制服のままでいい、とボクは提案したけど。


「汚れて良い恰好にしなよ」


 と、堤さんが言うので、仕方なく更衣室で着替えてきたわけだ。

 一方で、堤さんは制服を着ている。

 何だか、ズルい気がするけど、練習に付き合ってくれるというので、ここは感謝するべきだろう。


「それで、どうすればいいの?」

「うん。わたしの肩に乗って」


 そう言って、堤さんがしゃがみ込む。


「ぇ、と。堤さんに、乗るの?」

「そう言ってるじゃん。ほらほら~。はやくっ」


 ボクは今、半そで短パンの格好だった。


「お、重いと思うけど」

「へーき」


 堤さんは壁に手を突いた。


「いくよ」


 片足から肩に掛けて、ゆっくり体重を預ける。


「ほっ」


 重くて持ち上げられないだろう、と勝手に思い込んでいた。

 けれど、そもそも運動部の堤さんは、ボクと体格はもちろん、筋肉量まで違う。


 軽々と持ち上げられ、ビックリしてしまった。


「わ、わ!」

「頭掴んでいいから」

「わ、分かった」


 お言葉に甘えて、後ろから額に手を置くようにして、ボクはバランスを取った。


「レンくん、軽いねぇ。女子が妬いちゃうよ?」

「そう? 普通だと思うんだけど」

「軽すぎ。っかしいなぁ。弁当にたんぱく質入れてるんだけど。ま、可愛いから、いっか」


 堤さんの顔は、熱かった。

 太ももで挟み込んでいるので、体温が直に伝わってくる。


「壁際に立ってて上げるから、左右に動いてみなよ」


 そして、ボクの尻が壁に当たるように回る。


「くっ。お、落ちそうで、怖い」

「大丈夫」


 堤さんは、両側から太ももをガッチリと押さえていた。

 首を回して振り返る度に、堤さんの柔らかい唇が太ももの内側を擦り、吐息がくすぐったい。


「う……」

「どしたの?」


 ボクはつい自己嫌悪してしまった。

 練習に付き合ってくれているのに、どうにも股のところが疼いてしまう。


「おーい」


 ボクが答えないでいると、堤さんが後頭部をグリグリと擦り付けてきた。


「ううっ! ダメっ。つ、堤さんっ!」

「ん~、何がダメなのかなぁ? うりうりっ」

「っはぁ、……うくっ」


 後ろは壁でこれ以上下がれない。

 なのに、前からは堤さんの頭が局部を潰し、グリグリと刺激してくる。


「……あんま、えっちな声出さないでよ」

「ご、ごめ、でも、……はぁ、はぁ」

「……こっちまで、変な気分になるじゃん……」


 堤さんの顔は見えないけど、さっきより頬が熱かった。

 動かなくなったので、今の内に息を整える。

 すると、ゆっくりと堤さんが振り返った。


「レンくんは、……イタズラする彼女とか、嫌い……ですかね……? あはは……」

「え? あ、ううん。嫌いじゃないよ」

「そ、そっか。じゃあ、……えいっ」


 唇を内股にくっ付け、


「ちゅぅぅ……っ、っはぁ。キスマーク、つけちゃおっかな」


 にへら、と笑った堤さんの目が、何だか濡れていた。

 夕日に照らされた堤さんの顔が、普段の活発さとは違い、とてもあでやかだった。


 喉を鳴らして見つめてくる。

 そして、後ろに体重を預け、やはり艶のある笑顔でイタズラをしてくるのだ。


「あは。こんなはずじゃなかったんだけど。何と言うか。レンくんが、抵抗しないから……、イケちゃうのかな、って」

「堤さん」

「……名前で、呼んでほしい、です」


 名前呼びは、いささか抵抗がある。

 恥ずかしいのだ。

 でも、お試し期間中とはいえ、彼女になった堤さんだけ名前呼びというのは、確かにおかしな話だ。


 ドキドキとして、胸の中がどうにかなりそう。


 勇気を振り絞って、呼び慣れない名前を口にする。


「か、カリン、……さん」

「え、へへ。はい」


 変な空気が流れていた。


「ん~~、チュっ♪」

「うっ」

「ま、参ったかぁ。なんつって」


 お互いに、色々と慣れていなかった。

 堤さん、改めカリンさんは泣きそうなほど目が潤んでいた。

 ボクだって、視界が白く濁るくらい、顔が熱くなっている。


「一つ、提案があるん、スけど」

「は、はい」

「わたし、100m走で、一位取ります」


 目だけをこっちにくれて、カリンさんが言った。


「リレーでも、ごぼう抜きします。なので、一位取れたら、……ご褒美、欲しい……ですっ」


 声が震えていた。


「……ダメ……?」

「わ、……わかった。ご褒美。はい。あげます」


 すると、カリンさんがにっと笑う。


「約束っ。あ、下ろさないと」


 そして、ゆっくりと下ろされる。

 カリンさんは下を向いたまま、小指を出した。

 ボクはその指を小指で握り返し、上下に振る。


「ようしっ! がんばるぞ!」

「ボクも、がんばるよ」

「帰ろうぜぃ!」


 カリンさんが全速力で去っていく。

 あまりにも速くて、ボクは置いてけぼりになった。


「……うぅ、カリンさんって。積極的だなぁ」


 太ももには、唇の感触と痕が残っていた。

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