お姉ちゃんとして

 放課後になって、美術部を訪問した。

 お姉ちゃんはまだ来ていなかったので、廊下に立って待ち、スマホを覗き込む。


 こうしていれば、上級生の人達と目が合わなくて済む。


 チャイムが鳴って、20分が経ったか。

 廊下の曲がり角から見知った顔が現れた。


「そんなところで何してるの?」


 お姉ちゃんだ。


「あ、お姉ちゃん。実は……」

「藤野さん。コンクールの絵って、準備室のどこに置くんだっけ?」


 美術室から出てきた上級生に話しかけられ、お姉ちゃんが答える。

 待っていたのは、ボクだけではなかった。


「ラックの二段目に揃えているから。シーツ掛けて、重ねておいて」

「ありがと」


 上級生の女子がボクに気づく。

 お姉ちゃんの前に立っているので、不思議に思ったのだろう。


「知り合い?」

「弟よ」

「へえ。可愛いね」


 笑みを返すと、その先輩は美術室に戻っていく。


「で、何の用?」

「お、お姉ちゃんに話があって」

「そ。ここじゃ、人が来るから。こっちに」


 お姉ちゃんに連れられて、ボクは人気のない場所に向かった。


 *


 連れてこられたのは、非常階段の扉前。

 他の学生の声は聞こえてくるけど、人通りはない。

 近くには、空き教室や資材置き場などがある。


「寝ぐせくらい、直しなさい。まったく。ずっと、これで過ごしてたつもり?」


 髪の毛を手ぐしで整えてくれた。

 前髪は横に分けられ、お姉ちゃんの呆れた顔がよく見える。


「それで、話って?」

「う、うん。安城さんのことだけど」

「あぁ、……たぶん、今日は来ないわよ」

「え?」

「パンク。……してると思うから」


 何の事か分からず、首を傾げる。


「あたし、今日遅れてきたの」

「そうなの?」

「ええ。弟を好き勝手されるのは、我慢できないから」


 腕を組んで近づいてくるので、ボクは後ろに下がって距離を取った。

 数歩下がったところで、壁に当たる。

 それ以上、後ろはなかったが、お姉ちゃんはそれでも近づいてきた。


「レンが、そういう事に興味があるのは知ってる」

「お、お姉ちゃん」

「でもね。あいつだけは、やめておきなさい。破滅するわよ」

「あ、あのね。仲良く……」


 むにっ。

 頬を引っ張り、お姉ちゃんが前のめりになってくる。

 ミントの香りが吐息と一緒に運ばれてきた。


にしておきなさい」


 安城さんが鎖なら、お姉ちゃんはトラバサミのようだった。

 罠に掛かった獲物の足に食らいつき、絶対に離さないよう、肉に食い込んでくる鋭い歯。


 僅かに、頬がピンク色に染まり、熱を帯びていた。


「覚悟なら、できてるわよ」

「……お姉ちゃん」

「レン。あたしね。あなたを、どう可愛がったらいいのか、分からないのよ」


 口を噤み、お姉ちゃんが一瞬だけ弱弱しい表情を見せる。


「レンがしてほしいなら、エッチなこともさせてあげる。でも、あいつの物にだけは、なっちゃダメ」


 戻ってきた前髪を指で分けられ、ボクはお姉ちゃんの憂う表情に釘付けになってしまった。


 可憐だった。


 こんな人が、ボクの姉なんだ。と、実感を得ると同時に、夢のような矛盾した気持ちが湧き上がってくる。


「レンは、お姉ちゃんの物でしょう。ね?」

「……うん」

「ふん。分かってるじゃない」


 強めに頬を抓られる。

 でも、お姉ちゃんは嬉しそうに笑った。

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