ゴロゴロ

 お姉ちゃんが一緒に帰ろうというので、部活が終わるまで待った。

 と言っても、運動部と違って長時間の拘束はない。


 一時間で集中できるところまで、集中。

 あとは先生の方に報告して、帰るといった流れだ。


 ボクは待っている間、図書館で本を読んでいた。

 お姉ちゃんが大体終わると言った時間に、ボクの方から美術室に向かう。


 それから、一緒に玄関へ向かった。


「雨が降ってきたわね」


 鬱陶しそうに空を睨むお姉ちゃん。

 この勢いだと、雨を降らせる神様にまで怒りそうだった。


「本降りにならない内に、行きましょう」

「うん」


 お姉ちゃんの後を追いかけ、近くのバス停に駆け込む。

 バス停は小屋のようになっていて、中にはベンチがあった。


 二人で並んで座り、あとはバスを待つだけ。


「安城さん、怒ってるよ」

「ふふん。いいザマね」

「お姉ちゃん。性格悪いよ」

「何よ。全部、レンのためにしてあげた事じゃない」


 当然と言わんばかりに胸を張る。


「あ……」


 少しだけ濡れた夏服。

 下に着ている紫色のブラが透けて見えていた。


「ん? っ!?」


 お姉ちゃんが慌てた。

 慌てた拍子に自分の胸を隠すのではなく、ボクの目を塞いでくる。


「ほんっとに、スケベね!」

「ち、ちが、見えてたんだもん」

「だからって、ジロジロ見ないでしょう!」

「い、たたた」


 壁とお姉ちゃんの手に挟まれ、目が潰れそうだった。


「くっ。……他の人に見られるのは嫌ね」

「ハンカチで拭いたら?」

「そうね。――あ」


 視界が解放されたけど、嫌な予感がした。


「レン。あなた、甘えん坊なのよね」

「別に、甘えん坊ってわけじゃ」


 お姉ちゃんが、自分の膝を叩いた。


「乗りたければ、乗ったっていいのよ」


 ここで、自分から「乗れ」と言わないのがお姉ちゃんらしい。

 たぶん、透けた下着を見られたくないから、ボクで塞ごうとしているのだ。


 隠せるものがあるなら、渡すけど。

 この歳になって、膝に乗るのは抵抗があった。


「や、やだ」

「……なんですって?」

「それこそ、他の人に見られたら、何言われるか分からないし」


 ぺちんっ。


 頭を叩かれた。


「乗りたくないの?」


 手を振り上げ、準備をするお姉ちゃん。


「う……」

「乗りたいんでしょ。遠慮しなくていいわ」


 開いた手の平が、グーに変わっていく。


「わ、わかったよ」


 仕方なく、ボクは立ち上がった。

 腰を下ろす間際、ベンチに置いたカバンが目につく。


「あ、お姉ちゃん。カバ――」


 言いかけたところで、引き寄せられるようにボクは腰を落とした。

 背中には大きな胸の感触。

 クッションのようになっていて、背中に潰されていく。


「軽いわね。ちゃんと食べているのかしら」

「お姉ちゃんが……」


 言おうとしたが、やめた。


「あたしが、なに?」


 首に腕を回され、グイグイと後ろに引っ張られる。

 その度に、背中で柔らかい肉が跳ねていた。


「く、苦しいよ」

「言ってみなさいよ。弟の分際で。どうせ、重いって言おうとしたんでしょう!」


 図星だった。

 ボクより身長が高くて、肉感的な体つきをしているため、必然的に体重が重いのは当たり前である。


 でも、本当の事を言ったら、怒るのが目に見えているので黙っていた。


「だったら、交替しましょうか」

「えぇ、やだよ」

「うるさいわね。生意気な弟なんて椅子になればいいんだわ」


 そう言って、立ち上がった時だった。


「あれ? レンくん?」


 名前を呼ばれて、顔を上げる。


「今日は車じゃないんだ」


 堤さんがバス停に現れた。

 スマホで時間を確認すると、すでに30分は経過。

 バスが来るまで、あと5分ほどか。


「ひゃあ、本降りヤバいね」


 手で扇いで、制服を乾かそうとする。

 シャツの上から、赤いブラとお餅のような白い肌が透けていた。

 日焼け跡との境界までくっきり見えている。


 見たら悪いだろうな、と思いつつ、目が留まってしまう。


「レンくんは、あまり濡れてないんだね」

?」

「うん。本格的に降る前から、ここにいたから」

「へえ。あ、でも、肌が見えてるよ」


 堤さんがイタズラっぽく笑う。


「そういう、堤さんこそ。――い、った!」


 尻を抓られ、振り向く。

 お姉ちゃんが腕を組んで、ボクを見下ろしていた。


「レン。こちらの方は?」


 見たまま、かなり怒っている。


「お、同じクラスの堤さん」

「あー……、堤、カリンです。ども」


 頭を下げて、堤さんが挨拶をする。

 お姉ちゃんが「紹介して」と言わんばかりに、また尻を抓ってきた。


「そ、それで、こっちが……」

?」

「この人が、ボクのお姉ちゃん」


 ボクを下がらせ、一歩前に出るお姉ちゃん。

 何か失礼なことを言わないか、ハラハラしてしまう。


「初めまして。、藤野ケイです」


 二人とも、同じくらいの身長だった。

 少し、お姉ちゃんの方が大きいくらいか。

 高圧的な態度で挨拶されたら、普通は怯えてしまう。


 ところが、堤さんはニッコリと笑って、差し出された手を両手で握り返した。


「レンくんから、いつも話をうかがってます」


 いつもは、していない。

 今日、初めて話したのだ。

 たぶん、お姉ちゃんの機嫌を取るための、方便ほうべんだろう。


「レンが? へえ。それは、それは」

だ、って」

「……ふん」


 お姉ちゃんが、ちょっとだけ笑う。

 まんざらでもない、といった風だ。


「話に聞いてた通り、綺麗ですね」

「そう? ふふ。まあ、悪い気はしないわ」


 堤さんは世渡り上手だった。

 見ていて惚れ惚れしてしまう。


「ところで、堤さん? あなたって、ウチのレンとは、どういう関係?」

「付き合ってます」


 雷の音が聞こえた。

 気のせいじゃない。

 黒い雲が一瞬だけ、ピカッと光ったのだ。


「ふ~ん」


 お姉ちゃんの手が震えている。

 ボクを見てきた。

 見開いた目には、正体不明の感情が宿っている。

 額からは滑り落ちてきた雨の滴が、冷えた汗粒に見えてしまうほど、お姉ちゃんは落ち着きをなくしていた。


「へえ。そう。ウチの、レンと」

「て言っても、まだお試しなので」

「お試し?」

「はい。レンくんが、お互いを知ろうって提案してくれたので。体育祭まで、お試しで付き合うことになりました。もちろん。わたしは、遊びのつもりはないです。きちんと、レンくんに気持ち伝えるので」


 照れくさそうに笑う堤さん。

 放心状態のお姉ちゃん。


 また、雷鳴が近いところでとどろく。


 その後、雨は一段と酷いものになった。

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