お姉ちゃんに任せる

「はぁ、……はぁぁ、……はぁっ」


 体が熱い。

 ボクまで風邪を引いたのかもしれない。

 ずっと体が熱くて、股間が腫れていた。


 授業中は先生の話が耳に入ってこなくて、ノートを書いているフリをした。


 心臓がバクバクと脈を打ち、とにかく何をするにも身が入らない。


 そして、とうとう我慢できずに、ボクは五時限目の授業を休んだ。


 保健室のベッドで横になり、体の熱が引いていくのを待つ。

 少しでも調子が戻れば、授業に出られる。


「あー……、唇、乾燥してる……」


 舌で舐めてみると、カサカサだった。

 汗が止まらなくて、何も考えられない。

 何より、股間の疼きが酷かった。


 制服の内側から張り詰めていて、どうして股間がこんな状態になってるのか理解できない。


 こうやって、一人になると、すぐに孤独感が込み上げてくる。

 孤独感が込み上げると、頭に浮かぶのは、母代わりの安城さん。


 外見は綺麗なお姉さん。

 その美貌に見合わない母性を持つため、外見と内面のギャップがいちじるしかった。


「安城さんに、会いたい」


 うわ言のように呟き、ボクは体を縮こまらせた。

 もう寝ようか、と目を閉じる。


 シャッ。


 カーテンを引く音が聞こえ、首を回す。


「バカな弟」


 お姉ちゃんがカーテンの向こう側に立っていた。

 呆れた、と言わんばかりに腕を組み、いつもの調子で見下ろしてくる。


「お、お姉ちゃん」

「調子はどう?」


 カーテンを閉めて、お姉ちゃんが枕元に近づいてくる。

 起き上がろうとすると、肩を押さえつけられた。


「寝てなさい」


 言う通りにして、ボクは布団を被る。


「いつから?」

「学校に、来る途中で……」

「気分が悪いの?」

「……悪い、っていうか」


 言葉に迷ってしまう。

 きっと、軽蔑される。


「言いなさい」

「体が、熱い」

「あ、そ」


 と、お姉ちゃんは額に手を置き、次に胸に手を置いた。

 スベスベとした手の平は、羽毛のように柔らかくて、安城さんとは違った。


「熱があるんじゃないの?」

「……かも」

「他は? 変なところがない?」

「う、うう」

「レン」


 頬に手の甲を当てられる。

 今日のお姉ちゃんは、いつもと違った。

 眉間に皺を寄せて、どこか落ち着きがない。


「今、タクシーを呼ぶから。病院に行くわよ」

「お、お姉ちゃんは? 授業あるでしょ」

「ふん。この学校程度で、あたしが留年するわけないでしょう」


 自信に満ちたお姉ちゃん。

 事実、お姉ちゃんは勉強をほとんどしないタイプだ。

 なのに、高得点を毎度叩きだしては、シズカおばさんと口論している。


 おばさんも、娘が勝気なだけの女ではない、と知っているから黙る瞬間があった。


 心配そうにするお姉ちゃんを見ていると、何だか孤独感が薄れていく。


「なに?」


 ぐにっ。

 頬を優しく抓られる。


「お姉ちゃん。……カッコいい」


 すると、お姉ちゃんは目を丸くして、黙り込んでしまった。

 大きく開いた瞼の中で、目が右へ、左へと動く。

 それから、ゆっくりと体の向きを変えた。


「……馬鹿言ってんじゃないの。当然でしょ」


 精一杯、といった感じにお姉ちゃんが言った。


「あ、でも、病院は……」

「中について行くから、安心なさい」

「う、でも」

「子供じゃないでしょう。そんなに怖いの?」


 言おうか迷った。

 迷ったが、もしも変な病気だったら怖いので、正直に打ち明けた。


「その、股のところが、変で……」

「股?」


 視線が股間の方へ集中する。

 お姉ちゃんは遠慮なく布団を剥ぎ、股間を凝視した。

 制服の生地は固いので、見ただけでは分からない。


 だからか、お姉ちゃんは、ここでも遠慮なくズボンに手を突っ込んできた。


「お姉ちゃん!」


 ズボンの中を弄り、動きが止まる。


「聞きたいのだけど。これは、……いつから?」

「その……」

「答えないと、握りつぶすわよ」

「あ、朝からです」

「ふ~ん。へえ。あ、そう」


 合点がいった、という顔だった。

 何か思い当たることがあるのだろうか。


「あの、淫売……まさか……」


 何の事か、分からないが、お姉ちゃんは天井を睨みつけた。


「パパの部屋ね。そっか。あの薬……。それで……。――チッ」


 舌打ちをして、こっちを向く。


「心臓、バクバクする?」

「うん」

「ダルさは?」


 首を横に振る。

 すると、お姉ちゃんは口を尖らせ、目を逸らした。


「ムラムラ……する……?」


 ボクは答えなかった。

 というか、答えれなかった。


「待ってなさい」


 お姉ちゃんがカーテンを開けて、先生の机やテーブル、棚などを物色し始めた。


「もう、これでいいわ」


 お姉ちゃんが持ってきたのは、綺麗なタオル。

 それをボクの腰元に敷いて、ベルトに手を掛けた。


「や、やめてよ」

「仕方ないでしょう。薬の効果を切らすには、これしかないのよ。病院に連れて行って、何て説明したらいいんだか……」

「薬? ボク、薬なんて飲んでない」

「黙りなさい」


 パンツごとずり下ろすと、今度は布団を被せた。

 布団の中で、大事な所を乱暴に掴んでくるので、自然と体が反応してしまう。


「お、お姉ちゃん。う、くっ」

「へ、変な声出さないで!」

「でもぉ。……う、ぁぁ……」


 小刻みに震えたお姉ちゃんは、いきなり顔に胸を押し付けてきた。


「黙りなさいっての。誰かに聞かれたら、どうするつもりよ」


 後頭部に手を回されたせいで、視界が大きな胸に埋まっていく。

 空気を取り入れようと鼻から呼吸をしたら、制服の生地越しに、姉の匂いがした。


 ミルクのようなボディソープの香り。

 それに混じって、柔軟剤の香りがする。


 混ざり合った匂いが決して不快に感じないのは、ほのかにお姉ちゃんの体臭が混じっているからだろう。


 温かった。


「はっ、はぁっ、……お姉ちゃん。体が、……変」


 両手で胸にしがみ付き、全部をお姉ちゃんに任せた。

 腰が痺れるような感覚に、頭がおかしくなりそうだった。


「痛くない? こ、これで、合ってるのかしら? どうなの?」

「い、いふぁくない」

「そ。……まさか、弟のを……するなんて……」


 胸の陰から覗き込むと、お姉ちゃんの頬はピンク色の染まっていた。

 拗ねた子供のように口を尖らせている。

 気のせいか、鼻息が荒くなっている。


「お姉ちゃん」

「ん、なによ」

「……ごめんね」


 すると、鼻を鳴らして、お姉ちゃんは言った。


「レンが気にする必要はないわ。全部、あたしに任せなさい。、ね」


 意地悪なお姉ちゃんが優しく笑った。

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