赤い刻印

 連日で体育の授業はキツい。

 筋肉痛で腕が痛いのに、騎馬戦の練習をさせられるのだ。


「何やってんだよ。藤野!」

「今の取れたろ!」


 男子たちの罵声が後ろや下から聞こえる。


「ご、ごめ……」


 謝った直後。

 ぱしっ、と頭のハチマキを掴まれてしまう。


「あああ!」


 男子たちが悲鳴を上げた。

 騎馬戦の練習が始まってから、間もなくのことだった。


 *


 昼休みになり、ボクは屋上でご飯を食べる。

 他の生徒もいるけど、場所が広いので隅に避難すれば、目立たずに済んだ。


「はぁ……」


 騎馬戦の練習ですぐにやられると、心のこもってない「どんまい」を浴びせられる。

 おかげで、チームの再編成が行われた。

 ボクは他の戦力外とされる一組に回されることになった。


 元々組んでいた男子たちが先生にお願いをしたらしい。


 ボクだって頑張ってるけど、苦手なものは苦手だ。

 パンに齧りついて、スマホを開く。


 特に興味があるわけではないけど、こういう何をしていいか分からない時間に、ボクはネットで小説を読む。

 スマホと睨めっこしていれば、他に視線を配らなくて済む。


 我ながら、根暗全開だった。


「あ、いた」


 声に顔を上げると、堤さんが入り口の角から、ひょっこり顔を出してボクを見ていた。


「んもぉ。一緒に食べようよ」

「ご、ごめん」


 隣に座って、堤さんが自分のお弁当箱を広げる。

 とても嬉しいけど、こういう落ち込んだ気分の時には、とても苦手だった。


「気にしなくていいよ」

「……なにが?」

「騎馬戦」


 堤さんは笑って、「いただきます」と手を合わせた。


「ボクのせいで、みんなに迷惑掛かっちゃって。はは」

「んー、わたしが言うのも難だけどさ」


 ウインナーを口に咥え、


「適当にやればいいんじゃない?」


 と、軽い調子で言うのだ。

 それができたら、苦労しないよ。

 言いたい事はあったけど、「そうだね」と相槌を打つ。


「レンくんは、もうちょっと自分さらけ出していいんじゃないかな」

「自分、かぁ」

「ウジウジしてると、レンくんが傷つくだけだし」

「……うん」

「ふふ。説教してやんの」


 頭をわしゃわしゃと撫でてくる。


「で、さ。昨日返信なかったけど」


 言われて思い出した。

 チャットで遊びに誘われたのはいいが、返信を忘れていた。


「あ、そうだ。ごめん。昨日は……」

「嫌だったら、まあ、別にいいんだけどね」


 チラ、と目だけをくれる。

 ボクは素直な気持ちを伝えた。


「い、嫌じゃない」

「……よかったぁ。あはは。断られたら、ちと気まずいもんね」


 明るく笑うけど、気にしていたんだ。


「一緒に、街ぶらつかない?」

「うん。行く」

「おっけ。じゃ、あまり早く行っても店開いてないから~。昼からでいい?」

「うん」

「おしっ。決まりっ」


 不思議なことに、堤さんと少し話しただけで、落ち込んでいた気持ちが軽くなった。さっきまで、堤さんの事さえ、苦手な意識になっていたのに、ボクは自然と笑うようになっていた。


「……ん、あれ?」


 ふと、堤さんの視線が一点に留まる。

 ボクの顔を見ているようだったので、パンのクリームが付いていたか、と指で触ってみるが、何もついてない。


「なに?」

「これ、……虫刺され?」


 首をつんつんと突かれる。


「え?」


 堤さんはスマホを弄り、画面を向けてくる。

 内側カメラだ。

 画面にはボクが映っており、堤さんがボクの首に触れて、虫刺されの箇所を教えてくれる。


 確かに、堤さんが言った通り、鎖骨の辺りが赤くなっていた。

 細くて、小さい痕。

 目立つほどではないが、見た感じ内出血しているようにも見えた。


「家の周り、草が多いから。たぶん、虫かも」

「へえ~。レンくん家って、あの館っぽい建物でしょ?」

「うん」

「この学校、成金の子多いもんね」


 意地悪っぽく笑う。


「だったらさ。いつか、遊びに行っていい?」


 それを言われ、即答で頷こうとする。が、できなかった。

 頭にはお姉ちゃんの顔が浮かび、友達の前で意地悪をされたくない気持ちが湧き上がってくる。


「あ、ご、ごめん。ちと、早いね。うん。今のなし」

「こっちこそ、ごめん。本当は呼びたいんだけど」

「親が厳しいとか?」

「ううん。お姉ちゃんが、その、……うん」


 言葉を濁した。

 姉の凶行を何と伝えればいいのか、分からないのだ。


「そっか。まあ、明日遊びに行けたら、今はいいかな」


 堤さんが、にっと笑う。

 今から、お出かけが楽しみになっていた。

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