家政婦の母性

 ベッドで寝転がり、『カリン』というチャット名を眺めていた頃だった。


 コンコン。


 部屋の扉をノックする音が聞こえた。


「はい」

「失礼します」


 シャツの上にエプロンを着た安城さんが入ってきた。

 手には耳かきとティッシュを持ち、お辞儀をする。


「耳掃除にきました」

「わあ。ありがとうございます」


 ここにきて以来、ボクは自分で耳掃除をすることがなくなっていた。

 安城さんがこうやって耳掃除にきてくれるので、自分でする手間が省けているからだ。


 いつものように、ベッドに座る。

 隣に安城さんが座って、ボクは膝の上に頭をのせた。


「痛くないですか?」

「大丈夫です」


 ジーンズからは、ほんのりと汗の臭いがした。

 でも、別に嫌じゃない。

 おじさん達が仕事で忙しい分、家の事は安城さんがやっているのだから、この汗はたくさん働いてくれた証だろう。


 それに、女の人の汗は何となく母を思い出すので、やはり嫌いではなかった。


「レン様は……」


 カリカリと優しく耳の中を掻かれる。


「女装癖をお持ちなんですか?」

「う……」


 そんな事を聞かれて、ボクはついこの間の一件を思い出す。

 無理やり、お姉ちゃんに女装させられた時の事だ。


 やっぱり、見られていたんだ。


 表情に出ていたようで、安城さんは「やっぱり」と呟いた。


「ケイ様ですね」

「……ボクは、嫌だって言ったんですけど」

「本当に困った方ですね。……ふーっ」


 息を吹きかけられ、背筋がゾクリとする。


「さ、次は反対側を」


 顔をお腹に向ける。

 シャツからは汗の臭いに混じって、ボディソープの匂いがした。


「奥様に報告しますので。ご安心ください」

「シズカおばさんに言ったら、どうなるんですか?」

「きつく叱ってくれますよ」


 シズカおばさんといい、安城さんといい、このお姉ちゃんに対する態度の違いが気になったボクは気になっていた事を聞く。


「どうして、シズカおばさんはお姉ちゃんに厳しいんですか?」

「小学生の頃。一人の男の子を殺しかけたんですよ」

「……え?」

「自分の物にならないから、いらない。と」


 言葉を失ってしまった。

 ボクがジッとしていると、安城さんは仰け反って、顔を覗き込んできた。


「怖いですか?」

「はい。……そりゃ、まあ」


 また、お腹が顔に密着して、耳かきが再開される。


「では。今日から奥様が帰ってくるまでの間。一緒に寝ましょう」


 突然の提案にドキっとしてしまう。

 安城さんは世話をしてくれているだけで、変なことはないだろうけど。

 年頃の男としては、少々恥ずかしくなってしまう。


「……嫌ですか?」


 でも、安城さんと過ごしていると、外見は違えども、母を思い出してしまうので嫌じゃない。


「お、お願いします」

「ええ。


 耳かきが終わって、しばらくの間。

 安城さんはずっと膝枕をしてくれていた。

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