第27話 別れ

 動物園を出た後、俺達はなんとなく二人で散策した。

 早く帰りたいわけではないけど、だからと言ってやりたいこともない時間。

 二人で過ごす夕暮れが心地よくて、一緒に歩いていた。


「もう暗くなってきちゃったね」

「そうだね」

「あっという間だった」


 しみじみ呟く千陽ちゃんの横顔を見ながら、俺も同じことを感じる。

 朝起きてから今まで、楽しすぎて一瞬だった。

 こんなに興奮した一日はいつぶりだろう。

 誘ってくれた千陽ちゃんには感謝してもしきれない。


 二人でバスに乗って自宅付近まで帰ってきた。

 もう後は解散して終わりである。

 だけど、それじゃダメだよな。

 この前の返事をする義務が、俺にはあるんだから。


「もうちょっと大丈夫?」

「うん。勿論だよ」


 俺の問いに千陽ちゃんは頷く。

 現在時刻は既に午後六時を過ぎているけど、最初に聞いた通り門限は安心そうだ。


 何の話かなんて分かりきっているだろうし、千陽ちゃんはじっと俺の顔を見つめてくる。


「千陽ちゃん、この前好きって伝えてくれてありがとう。めちゃくちゃ嬉しかった」

「……うん」

「俺も千陽ちゃんの事が好きなんだ。だけど、多分意味合いは違う」

「だろうね。なんとなく気付いてた」

「そっか」


 千陽ちゃんから告白されたけど、付き合いたいとは言われていない。

 だからこそ、どう伝えればいいかわからなかったから、もう素直に思っていたことを言う事にした。


 俺は千陽ちゃんと付き合いたいとは思わない。

 友達として一緒に居るのは幸せだけど、そこに恋愛感情はなかった。

 今日のデートで改めて痛感した。

 俺はこの子と友達になりたかったんだって。


 千陽ちゃんはあまり落ち込んだ様子も見せずに笑って見せる。


「真面目に答えてくれてありがと。瑛大君のそういう所も好きだよっ」

「こちらこそ」

「まぁ、辛いのは辛いんだけど」


 俺にも経験があるから、失恋の辛さは理解できる。

 叶衣さんに振られた時、どん底だった。

 その後で男子に馬鹿にされたこともあるけど、あれがなくたって最悪の日だった。

 そんな挫けそうな状態でも、千陽ちゃんは明るく振舞ってくれている。

 尊敬でしかない。


「うちね、今日のデート中も気付いてたんだ。瑛大君はうちの事を友達としか見てないんだろうなって」

「そ、そっか」

「でもさ、考えてみてよ。彼女でもない女の子にこんなに優しくできる人って、すごくない? そう思って、もっと好きになっちゃった」

「そうかな」

「そうだよ。人として瑛大君の事好きだよ」


 沢山褒めてくれる千陽ちゃんに、俺は苦笑する。

 どんな顔をすればいいのかわからない。


「ずっと友達で居ようね」

「あ」


 そういうことか。

 動物園最後のおみやげ屋で覚えた違和感に気付いた。


 千陽ちゃんは、ずっと俺の気持ちに気付いていたんだ。


「ってか瑛大君、うちより好きな人いるっぽいし」

「え?」

「なんか女の勘ってやつかな? 初めて話したときから瑛大君には女の子の影が見えてたって言うか」


 よくわからない事を言われた。

 女の影も何も、俺に交際相手はいない。

 生まれてこの方ずっと独り身だ。

 だからこそ、目を丸く見開いていると、千陽ちゃんは先程買ったキーホルダーを見せてくる。

 そのまま、バッグのファスナーに取り付けた。


「でも、瑛大君とうちはずっと友達だもん。幸せだよ」

「うん」

「今日は本当にありがと。それと、これからもよろしく。また、遊べたら嬉しいな。……今度はデートとか無しでっ」

「はは、俺の方からもよろしくお願いします」


 千陽ちゃんと遊ぶのは元気がもらえて楽しいから、俺としてもずっと仲良くしてもらえると嬉しい。

 付き合うことはないけど、いい友達で居たい。


 その後、俺達は別れた。

 結局千陽ちゃんと交際することはなかった。


 家に帰って、俺は自室に直行する。

 いつも絡んでくる姉だけど、今日は何も言って来なかった。

 俺は部屋に入ってからため息を吐いた。


「千陽ちゃんより、好きな人か」


 最後に言われた時、内心図星だったからドキッとした。

 俺には、本当に好きな人がいる。

 友達としてじゃなく、恋愛感情を持っている相手だ。

 だけど、想いを伝えていいものかわからない。

 一度振られたという経験は、どうしても勇気に蓋をする。


「どうしよう……」


 途方もない悩みに直面して、俺は項垂れた。

 今頃あの人、何をしているんだろう。

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