第18話 千陽ちゃんの大暴走

 体育の時間は、若干厳かに進められた。

 男子は全員俺に嫌がらせをしたい様子だったけど、隣から女子が目を光らせているのが丸分かりだったし、何もできないといった感じ。

 誰も女子から総バッシングを受けるのは嫌なんだろう。


 しかし、目に見えて嫌がらせをされないからと言って、居心地が悪くないわけでもない。


 みんな先程の女子の俺への異常な庇いにイライラしていた。

 それこそ嫉妬的な感情だと思う。

 つなちゃんも男子から嫌われるというデメリットを話している時に、嫉妬感情を煽ると説明していたし、これもキスの効果の一つだ。

 まぁ、俺の場合それがなくても、そもそも嫌われているのが辛いところけど。


 とかなんとか、そんなこんなで授業は終わった。


 体育館の男子更衣室まで向かっていると、通路の陰から俺を呼ぶ手が見える。


「千陽ちゃん?」

「ちょっと来て」

「え、あ、うん」


 手を掴まれて校舎裏の日陰に連れ込まれた。

 千陽ちゃんは体操服姿だ。

 こう見ると、意外と胸が大きい。

 ブラジャーの形が少し浮いていて、緊張してしまった。


「さっき、カッコよかった」

「えっと、ありがとう。千陽ちゃんのおかげで頑張れたよ」

「ほんと?」

「うん」


 嘘ではない。

 千陽ちゃんのおかげで山野の面白い顔も見れたし、感謝している。

 と、そこで千陽ちゃんは俯きながら呟く。


「その……噂聞いちゃったの」

「え?」

「この前野球部の瑛大君と同じクラスのやつに、瑛大君のこと聞いたの。そしたらその……月菜ちゃんに告白して振られたって」

「ッ!? ……は、ははは。バレちゃったか」

「月菜ちゃんの事、好きだったの?」

「……う、うん」


 まぁ、いつかはこういう日が来る事も覚悟はできていた。

 男子全員にバレた時点で、絶対どこかから漏れるのだ。

 叶衣さん本人にも俺が虐められているのを話してしまったし、もう校内全員が知っていると思っていいかもしれない。


 千陽ちゃんは俺の手を握ったまま、ずっと俯いている。


「今でも、好き?」

「……」

「うちとどっちが、好き?」

「え? えっと」


 思わぬ方向性の質問をされ、戸惑った。

 ようやく俺の顔を見た千陽ちゃん。

 その顔は恥ずかしがっているのか、真っ赤で涙目だ。

 いつも明るい千陽ちゃんの珍しい表情に、心拍数が上がる。


「……月菜ちゃんの方が、好きなんだね」

「いや、そういうわけじゃ」

「別にわかってたもん。まだ出会ってすぐだし、遊びにも行けてないし」

「そ、そうだね」

「だけど、話聞いたら我慢できなくて」


 千陽ちゃんはそう言って手を離した。


「うちの事、好きになってもらいたい」

「……え、あ」

「うちの事見て」


 ぼーっと千陽ちゃんの顔を見る。

 ヤバい、めちゃくちゃ可愛い。

 この顔が俺だけに向いていることに、何とも言えない背徳感が襲う。

 そして、見惚れている時だった。


「……んっ!?」

「ん、はぁ……ごめん。我慢できなくて」

「ち、千陽ちゃんこれは……」

「嫌だった?」

「……嫌では、ないよ」

「そっか。じゃあしてよかった」


 俺は千陽ちゃんにキスされた。

 ハーフサキュバスであるつなちゃんを除けば、初めてのキス。

 俺の唇を何の了承も得ずに奪い去った千陽ちゃんは、俺に体を預けるように抱き着いてきた。


「なんか今日の瑛大君の顔見てたら、うち変になっちゃった」


 千陽ちゃんの体温が伝わってくる。

 体育の後にしても、熱い。

 ふわりと嗅ぎなれない良い匂いがした。

 つなちゃんのえっちな匂いとは違って、なんだか心が温まる香りだ。


「ほんとは遊びに行った日に言いたかったけど、今言うね」

「……」

「うち、瑛大君の事、好きになっちゃった」

「ち、千陽ちゃん」

「じゃあねっ」

「あ!」


 俺が何か言う前に、千陽ちゃんは逃げるように去って行った。

 靡くポニーテールが目に焼き付く。


 っていうか、一旦冷静になって考えてみよう。

 今俺、告白された?


 改めて理解して、顔が熱くなってくる。

 そして、さっきの千陽ちゃんの匂いを思い出して、頭の中が彼女の事でいっぱいになった。


「ど、どうしよう」


 とんでもない事になってきた。

 そして一番驚くべきは千陽ちゃんだ。

 大暴走と言う他ない衝撃的な行動。

 それを促したのは考えるまでもなく、昨日つなちゃんとしたディープキスの効果だろう。

 唾液の毒性が原因だったし、舌を入れた昨日のキスは今までになく俺の魅力を引き上げているはずだ。

 さて、どうしたものか。


 俺は千陽ちゃんにされた質問について、考えた。

 叶衣さんと千陽ちゃん、俺はどっちが好きなんだろう。

 正直、わからなくなってきていた。

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