第17話 イキり陽キャ、恥をかく

 つなちゃんとキスをした翌日、何故か俺は漲る自信と共に登校した。

 叶衣さんとの件や男子二人とのやり取りもあるし、本来なら学校に行きたいと思うはずなんてないのに、本当に不思議だ。


 学校につくと、既に登校していた隣の席の叶衣さんと目が合う。


「おはよう」

「おはよう」


 いつもなら話しかけないが、先日の会話があるため、俺は挨拶をした。

 叶衣さんの事は嫌いじゃないよというアピールだ。

 仮に叶衣さんが俺と口をききたくなかったとしても、勘違いされたままなのは不本意だから。


 しかし、叶衣さんは挨拶を返してくれた。

 若干驚いている様子ではあったけど、普通に柔らかく微笑んだ。

 こんなに叶衣さんに優しい顔を向けられたのは初めてかもしれない。


 って待てよ。

 そうだ。

 俺は昨日つなちゃんとキスをしたんだった。

 その効果が如実に表れているのかもしれない。


 そう思うと、若干罪悪感がわいてくる。

 なんだか騙している気分。


「……昨日は変に突っかかっちゃってごめん」

「え、いや。べ、別に大丈夫」

「あんたも色々あったのね」

「ま、まぁね」


 叶衣さんはそう言いながら、クラスを見渡した。


「で、問題は誰がおかしな噂を流してるのかって事」

「……」

「まぁあんたが言わなくても、大体察しはつくけど」


 彼女は今も教室で馬鹿笑いをしている男子達に目を向ける。

 その中心にいるのは、藤咲と山野だ。

 俺が言わずとも自分で考えてわかっているらしい。


「あいつら、絶対許さない」

「そうだね」


 俺の件はともかく、叶衣さんの事実無根な噂を流したことはしっかり謝ってもらわないと困る。

 叶衣さんの言葉に、俺は大仰に頷いた。


 と、叶衣さんはじっと俺を見つめた。


「櫻田君って普段家で何してるの?」

「え?」

「いや……その、あたしあんたの事全然知らないなって昨日気付いてさ」

「お、俺の事なんか聞いてどうするの?」

「そんなのなんだっていいでしょ。言いたくないんならいいけど」

「別にそういうわけじゃ! でも、普段家ですることか~。課題やってぼーっとしてることが多いな」

「退屈そ」

「お、面白みのない解答でごめん。あとはねーちゃんと話したり、テレビ見たりとかかな」

「お姉ちゃんいるの?」

「うん」


 急に俺のプライベートな質問をされ、若干緊張した。

 こんなこと聞かれたのは始めてだ。

 ちょっと嬉しい。

 だけど、俺の返しは微妙らしい。

 叶衣さんはあまり興味が無さそうだ。


「叶衣さんは昨日何してたの?」

「内緒」

「え」

「ある人のこと考えてた。これ以上は言わない」

「へ、へぇ」


 それってもしかして、俺の事だろうか。

 何を考えていたんだろう。

 怖いから深くは聞かないでおこう。


 叶衣さんにも若干キスの効果が出ているみたいだけど、それでも元の好感度が低すぎたのか、以前の千陽ちゃんほどの好意は感じない。

 表情もまだ硬いし、心を許されてはいないのがわかる。


「櫻田君、はいっ」

「あ、ありがと」

「うん、えへへ。おはよう」

「おはよう」


 一方、他の子には抜群にキスの効果が出ているらしい。

 配布係の女の子がにっこにこの笑顔で俺にノートを持ってくる。

 異常だ。



 ◇



 朝は結構良い感じだった。

 つなちゃんと濃厚なキスをしたせいか、前回より唾液の摂取量が多かったらしく、女子からのモテ度は最高だ。

 だけど、この学校にいるのは女子だけではない。


「……」


 週に数度の地獄の時間である、体育。

 今日も今日とてペアを組めず、一人ぼっちでリフティング練習をする。

 他の奴らはペアでパス練習をしているのに、だ。

 先生も俺に気付いているはずなのに、見て見ぬふり。

 どういうつもりなんだろうか。


 と、そんなわけだが、普段と様子が少し違った。


 全員が俺を避けている。

 今までは馬鹿にして虐めるという、あくまで直接的に悪意をぶつけられていたけど、今日はなんだか控えめだ。

 何もされない代わりに、誰に何を話しかけても無視される。


「はぁ」


 昨日藤咲を殴ったせいかな。

 どのみち仲良くできる気はしなかったから丁度いいや。

 いつも俺にボールをぶつけてくる藤咲と山野も、俺を遠目に睨みつけてくるだけだ。

 俺としては殴られたりしない分、今の方がマシだけど。


「瑛大くーん! 頑張ってー!」

「あ、千陽ちゃん」


 グラウンドの男子と女子の境界ら辺でリフティングをしていた俺の下に、ネット越しから千陽ちゃんが声をかけてくれる。

 彼女は俺のところに寄ってきながらはにかんだ。


「サッカー上手だね。やってたの?」

「え? いや。やってない」

「ほんと? さっき見てたけど一人でいっぱいリフティングしてて凄いなーって思ってたんだよ。今はみんなのお手本的な感じなの?」

「そ、そういうわけじゃ」


 言われて見れば、みんな俺の方を見ているし、お手本としてリフティングをしているように見えたのかもしれない。

 だけど違うんだ。

 みんなの視線はただの睨みなんだ。


「はぁ? 俺の方がリフティングうめーし」


 俺と千陽ちゃんの会話を聞いていた山野が寄ってきた。

 そのまま千陽ちゃんに笑いかける。


「こんな奴より俺の方が上手いって。中学までサッカーやってたんだ」

「あっそ」

「え?」

「瑛大君の事こんな奴とか言わないで欲しいな。マジ最悪」

「……」


 怒った千陽ちゃんに山野は目を見開く。

 山野はそのまま、呆然とその後ろに集まって来ていた女子を向いた。

 女子達は揃いも揃って不機嫌そうだった。


「何あいつ、ないわ」

「ってか何あれ、千陽ちゃんと櫻田君の仲が良いから嫉妬?」

「きっも」

「全然櫻田君の方がカッコいいよね」

「ほんとそれ、あいつのあの髪型、気取ってて前から嫌いだったんだよねー」


 言われたい放題である。

 ちなみに山野はイケメンだ。

 髪型もちゃんと手入れしててカッコいい。

 こいつの事は嫌いだが、容姿はここまで言われるようなものではない。

 これは確実に、つなちゃんのキスの効果だ。


 と、最後に集団の中から一人の女子が出てくる。


「サイテー」

「る、月菜?」

「呼び捨てにすんなっての」


 なんと叶衣さんが庇ってくれた。

 予想外の出来事に山野は呆然とすることしかできない。

 先生に促されて捌けていく女子の後ろ姿を見ながら、声を漏らした。


「なんだこりゃ」


 間抜けな山野の横顔に、俺はつい笑ってしまった。

 俺の人生、まだ捨てたもんじゃないな。

 つなちゃん、本当にありがとう。

 なんだかとてもスッキリした。

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