クラスの美少女に振られようが陰キャだと馬鹿にされようが、俺はハーフサキュバスの巨乳女子大生にキスしてもらえる。

瓜嶋 海

第1話 振られました

「好きです! 付き合ってください!」

「え、無理」


 俺の告白は僅か三文字によって砕け散った。

 呆然と目の前の女の子を見つめる俺。

 その子——叶衣月菜かないるなは眉を寄せながら、不快と言うより不思議そうに俺に視線を返した。


「なんであたしなの」

「出席番号近くて話す機会多かったし、今も隣の席でずっと話してて、好きになったから……かな」

「そんなに話なんてしてないでしょ。あれで好きになるって……あんたどんだけ女子と接点ないのよ」

「ゔッ!」

「急過ぎんのよ……馬鹿みたい」


 叶衣さんはそう言い残すと、俺の前から立ち去った。


 放課後の夕暮れが虚しく俺を照らす。

 弔いのライトアップだろうか。

 自然も粋な事をしてくれるものだ。


「はぁ」


 かくして、俺は告白に失敗した。


 高校一年十六歳彼女なし。

 また今日も記録を更新する。

 勿論、童貞である。


 黄昏ながらそんな事を思い、憂鬱になっていると、後ろから声が聞こえた。


「櫻田君、月菜のこと好きなのか」

「ガチおもろいの見れたわ。あざす」


 あざ笑うかのような声に、俺は思わず強張ってしまった。

 同時に頭をフル回転させる。

 もしかして……全部見られた?

 恐る恐る振り返ると、そこにはうちのクラスのいわゆる陽キャが二人いた。

 よく馬鹿笑いしながら誰かを貶しているのを見る。

 そんな視線が、今は俺に向いていた。


「盗み聞きする気はなかったんだけど、まぁ教室で告白なんかしたら、こういうアクシデントも起きるわな。悪い悪い」

「何が『悪い』だよお前。さっきは涙流して笑ってたくせに」

「あー、お前それ言うなよ!」


 再びゲラゲラと汚い笑いを漏らす二人。

 これは……最悪だな。

 恥ずかしすぎて顔が熱くなってくるのが分かる。

 よりによってこんな場面を見られたのは今後の学校生活に響く失態だ。

 だけど、そんな事を考えていた俺ののんきな思考は、彼らの口から続いて出てきた言葉によって妨げられる。


「ってかそれにしても月菜とか、櫻田も男の子だな」

「どういう意味?」

「月菜はヤリマンで有名だからよ。あの見た目だし、めっちゃ噂あるぜ」

「……え?」


 叶衣さんが、ヤリm——え?

 確かに可愛いし、男子とよく話しているのも見るけど、そんな風に遊びまくっているようには見えなかった。

 絶句する俺に二人はニヤニヤと顔を見合わせる。


「告るんじゃなくて普通に頼めばヤらせてくれるぞ」

「いやいや、櫻田にもプライドがあるだろ」

「なんだよ童貞のプライドって。どう見てもこいつモテなさそうじゃん」

「本人の前で言い過ぎ。櫻田泣いちゃうって」

「まぁそれを言い出したら、こんな陰キャとはヤリマンの月菜もお断りかもな」

「そりゃそうだ!」


 ショックだ。

 そもそも、そんなつもりで告白したわけでもない。

 俺はただ純粋に叶衣さんのことが好きだっただけだ。

 性欲に任せて近づこうとしたわけではない。


「しばらくネタに困んねーな」

「ちょっと待ってくれ。みんなに言いふらすのは……」

「はぁ? こんなおもろいの黙ってるわけねーじゃん」

「ってかグルにさっき撮った動画載せたし」

「……」


 恥ずかしいとか、それ以前に申し訳ない。

 これじゃ叶衣さんにも迷惑が掛かってしまう。

 それだけは、あっちゃダメだ。


「揶揄うのは俺だけにしてくれ」

「ふははっ。確かにこれ以上月菜に嫌われたくねーもんな?」

「でもこんな陰キャ、元から嫌われてんだろ」

「いや、それ言っちゃ終わりだから」


 再び嗤われた。

 結局、そのまま二人は帰って行った。

 ただ一人、俺だけが教室に取り残された。


 叶衣さんに振られた時に人生最悪の日だと思ったけど、これは来世まで含めて最悪の日になりそうだ。



 ◇



 帰り道、俺は絶望に打ちひしがれていた。

 叶衣さんにフラれた事へのショック。

 そしてそれを陽キャ二人に見られ、拡散されたこと。

 あと……叶衣さんの噂を聞いてしまったこと。


「まぁ、可愛いしモテるだろうからなぁ。高校生って、そんなもんなのかなぁ」


 複雑な感情だ。

 俺の中の綺麗な叶衣さん像が若干揺れるだけじゃなく、彼女と遊んだ経験のある男に対して羨ましいとも思う。

 それにしても、ヤリm……。

 ま、マジか。


「はぁ」


 最後に地味なものだけど、『こんな陰キャ、元から嫌われてるだろ』って言われたのもショックだった。

 確かに、叶衣さんのさっきの表情は、そんな感じだった。

 迷惑と言うか、なんと言うか。


 でも、どうしよう。


 正直俺のショックなんてどうでもいい。

 あいつらはこれからも俺の事をネタにする気満々だし、このままでは叶衣さんに迷惑が掛かってしまう。

 それだけは避けたい。

 俺なんかのせいで可哀想だ。

 それにあいつらの言う通り、これ以上叶衣さんに嫌われたくもない。

 振られるなら振られるでスマートに消えてなくなりたいんだ。


 気付けば、俺は公園にいた。

 昔から辛いことがあった時によく来る公園だ。

 近所の子供達の目も憚らず、俺はブランコの一つを占領して項垂れる。

 本当にどうしたもんかな。


 と、そんな時だった。

 隣で誰かがブランコに乗る音が聞こえた。

 なんとなく横を見ると、長い髪の女性がそこにはいた。

 どう見ても子供には見えない。

 多分年上だ。

 物憂げな雰囲気が独特で、なんとなく目が吸い寄せられる。


 そんな女性は俺の視線に気づいたのか、こっちを向く。

 顔を見て、俺は息をのんだ。

 彼女は目を見張るほどの美人だった。


「隣、いい?」

「えぇ、どうぞ……」


 明るい色だけれど、バサバサと傷んでなく、艶が感じられる長い髪。

 横顔だと整ったフェイスラインに、長いまつ毛がよく目立つ。

 物凄く、綺麗だ。


 そんな美人は、俺に話しかけてくる。


「なんかやなことあったの?」

「……い、嫌な事って言うか、色々ありまして」

「お姉さんに教えてよ」

「……」

「ほら、他人に話した方が楽になる事もあるって」


 にこりと微笑むお姉さんに、見惚れてしまう。

 いつもの公園だが、この空間だけ異質な空気感がある。

 あと、お姉さんには何か浮世離れした魅力を感じた。


「……好きな子に振られて」

「それで?」

「クラスの陽キャに動画撮られて馬鹿にされて、それでそいつらがその子の事を、や、ヤリm……んとか言ってて」

「へぇ。ショックだった?」

「でも、そんなことより俺は叶衣さんが心配でッ! ……あの子に、迷惑かけたくないからどうしようって悩んでます」


 思ったことを全部吐き出すと、少しスッキリした。

 このお姉さんがずっと聞いてくれたからだろうか。

 遮ることもせず、だけど過度に優しくするわけでもなく、うんうんと相槌を打ってくれて、話が自然と口から溢れるような感覚だった。

 だからこそ、びっくりするくらい素直な気持ちで話せた。


 俺の話を聞いてお姉さんはふと立ち上がった。

 そして手を伸ばしてくる。


「おいで」

「……え?」

「慰めてあげる」


 お姉さんは、そのままニヤッと笑うのだった。

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