魔導教師アリシアの回顧録
夢見月まひわ
プロローグ
『あなたが居てくれて良かった。あなたが生まれてくれて、あなたが優しい子に育ってくれて、本当に良かった……っ、駄目ね……母さんは昔から説明がとても下手だったから、上手くこの想いを伝えられそうにないわ。だから、ありきたりだけど、この想いのほんのちょっとでも良いから、あなたに届くように祈って、この言葉を送るわーーーーー大好きよ。ずっと愛しているわ。私の愛しい娘、アリシア』
そう言って優しく娘の頭を撫でた母は、その翌日に12歳になったばかりの娘を一人残してこの世を去って行った。
「恨み言の一つや二つあったでしょうに。本当に……お人好しが過ぎるのよ、母さんは……」
セレスティア王国の三大名家にその名を連ねるフロート公爵家。母はそこでメイドとして働いていたが、私の実父ことリグル・フロート公爵との間で子を身籠もる事となった。
そうなった経緯はよく知らない。二人の間に愛があったのかさえも、今となっては分からない。なぜならそんな父も、もうこの世にはいないからだ。
「あれから8年……時が経つのは早いわね」
父が亡くなったのは私が4歳の時だった。
そして公爵亡きあと早々に、庶子という立場にあった私はフロート公爵の本妻であったリュミエール・フロートによって、母さんと共に公爵家から追放されてしまった。
リュミエール夫人にとって私や母さんの存在がずっと煩わしかったのだろう。
公爵家に在籍していた僅か4年余りの間に数々の嫌がらせを受けた記憶が残っている。
「幼い時の記憶だから曖昧なものだけど、母さんは違ったはず……それなのに、母さんはいつも笑っていた」
母さんは子どもの前では常に笑顔を絶やさない強い人だった。
それに比べて私はすぐに母に泣きつくような弱い子どもだった。
でも、その母さんももういない。
「強くなりたい……いいえ、強くならなくちゃいけない……!」
だから決めたよ、母さん。
もう誰も私の存在を見てくれる人がいないなら、魔導士の頂点ーーーーー"大賢者"の称号を手にして、強さの証明にするわ!
◇
ざわざわと多くの会話が混在する一室。
その出入り口となる白い扉に手を伸ばし、騒がしい部屋へと入る。
そしてその場の誰しもの注目を集めて、アリシアが一言。
「ーーーーーおはようございます。皆さん」
先ほどまで騒々しかった部屋が一瞬静まり返った。
「おはようございます!」
そう一人が声を上げると、それに合わせるかの様に「おはようございます」と、他の人たちも挨拶の言葉を口にした。
あぁ、なぜこうなってしまったのか。
それは嘆きのような感情で、思わず小さくため息が漏れたが、表情は変えず、ただ淡々とお決まりの言葉を吐く。
「それでは、これより授業を始めます」
子ども達の憧れであり、魔導士の頂点である大賢者を目指していた私ことアリシアは、母を亡くしてからの苦節15年を経て、王立セレスティア魔術学院の教師をしていた。
夢半ばに現実の過酷さを知り、アリシアは再びため息を吐くのだった。
魔導教師アリシアの回顧録 夢見月まひわ @mahiwa
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