第5話 式神と五行
あれから何だかんだと3カ月経っているのだから驚きだ、と
「都市伝説だとか七不思議だとか、陰謀論なんかの噂が出たら大体興味しんしんになるじゃない、
八条の言う通り、ただでさえの異常気象。ささやかれている陰謀論。和が大人しくしているとは思えない魅力的なトピックだ。
だが現に彼女が騒いでいるという話は八条の耳には入っていないようだ。首を傾げる八条に同調するように野仲にも疑問が湧いていた。
確かに、なんで和は僕にも何も言わないんだ?
野仲はクラスメイトたちの中で唯一、和がどのような世界で生きているか知っている。当然全ての事情を知っているわけではないが、和が転校してきたあの日に妖に遭遇し、知ってしまった。彼女が本当に陰陽師であることも、妖という存在も。
妖どうこうは関係なくて、本当にただの異常気象ってことなのか、と野仲は腑に落ちないながらも飲み込むことにした。
体力テストの測定が全員分終わったようで体育教師から集合がかかった。
「それじゃあ東雲、八条、また」
「うん、またね野仲くん」
「ずっと体育やっててぇよぉ」
「ひとりでやってなさいよバカ蓮乃。野仲、ほんじゃねー」
軽く別れの挨拶を交わし、4人はそれぞれのクラスの集合する列に混ざっていった。なお体力テストの結果は、各項目ごとに1〜10段階の評価で下される。
野仲は大体が4〜6で恐らく、いや間違いなく平均値。東雲は7〜10と運動神経の高さを示し、八条は2〜8と得意不得意が大きく分かれた。蓮乃は全項目で10、ぶっちぎりだった。
体力測定後、あっという間に放課後を迎えると、バスケ部の助っ人のためと運動着に着替えて体育館へ向かった蓮乃に別れを告げ、野仲は教室でひとり荷物を片付けていた。
バスケ部はどうやら翌月に練習試合があるらしく、相手校のエース対策としての練習相手を蓮乃に願い出たようだ。バスケ素人に頼むことなのかと普通は思うだろうが、何せ素人とはいえ相手は蓮乃だ。野仲は適役だなと苦笑した。
「野仲くん」
後方からかけられた柔らかな声に振り返ると、後ろ手に鞄を持った東雲が教室の入り口に立ち、少し首を傾げていた。
「東雲、ごめん待っててくれたの?」
「ちょうど帰ろうと思ったら野仲くんが見えたから。今日は帰れる?」
「ごめん、今日ももう少し残らないといけないんだ。えっと、頼まれごとを片付けないといけなくて」
東雲が伺うように野仲に尋ねたのに対し、野仲は鼻を掻きながら申し訳なさそうに答えた。
八条は生徒会で、蓮乃は運動部の助っ人で放課後は忙しいことが多く、部活に所属していない野仲と東雲は必然的にふたりで帰ることが多かった。
いつからだったか、どちらから誘ったのか野仲は覚えていなかったが、気づけば当たり前のことになっていた。
しかしここ3日ほど、野仲は東雲と帰れていない。
「そっか、ごめんね忙しいのに。それじゃあ、また明日」
「ごめん東雲、また明日」
ひらひらと手を振り身を翻した東雲の後ろ姿がもの寂しげに見たのは、罪悪感によるものだろうかと皮肉に思い、野仲は白い息を吐いた。
東雲と別れの挨拶を交わした野仲は、一拍おいてから手早く荷物をまとめて教室を後にした。
校内にはもう部活や委員会で残っている生徒しかいないのか、通り過ぎる教室に生徒の姿は見られない。
野仲は階段を降りて玄関で靴を履くと、念の為東雲の靴がないことを確認した。やましい隠し事をしているようで心が痛んだが、どうしても知られるわけにはいかない。
学校の玄関を出た野仲は、キョロキョロと周りを見回すと、正門からは出ずに校舎裏へと向かった。人があまり通ることのない校舎裏までの道に、ザクザクと雪を踏みしめる音がうるさいほどに響いていた。
校舎裏にある裏門の扉を開けると薄暗い裏山へと道が続いており、野仲は雑木の中の緩やかな勾配に若干の重力を感じながら歩を進める。黙々と進むと、少し距離はあったが勾配の先に静かに、ただ確かな存在感を持ってそびえるもう一つの校舎、旧校舎が見えてきた。
10数年前までは使われていた旧校舎だが、現在は立ち入り禁止状態で来る生徒も教師も皆無だ。野仲は入学して早々に、旧校舎のよくない噂を多数聞いてきた。今となってはその理由も危険性もよくわかる。間違っても夜、肝試しなどで来てはいけない場所だ。
旧校舎の正門をくぐり正面玄関から校内へと当然のように土足で入る。暖房などが稼働していることはなく、外同様に、もしくはそれ以上に冷えるように感じられた。
野仲は腕をさすりながら迷わず玄関から右手側の廊下へと進み、2番目の教室の扉を開けた。引き戸の滑りが非常に悪いため、扉は重く引きずるような音が鳴る。
「おっそいわボケ! 待ちくたびれてくいだおれ人形になるとこやったぞ」
薄暗い教室内には、悪態をつく人影が机の上であぐらをかいて座っていた。おかっぱ頭の、シルエットだけを見れば日本人形のような人影。薄暗い中で目だけが猫のように光って浮かんでいた。
行儀悪く机の上であぐらをかく少女——紫宝院和の謎の文句は無視して、ため息をつきながら野仲は教室に足を踏み入れた。
「しょうがないだろ、部活とか委員会以外の生徒が帰ってから来てるんだから。というか和こそ、旧校舎が立ち入り禁止なの忘れるなよ。誰かに見られて先生にでも伝わったら相当怒られるだろうから」
「そんなヘマせえへんわ、誰に言っとんねん」
野仲の小言を一蹴した和は机の上から軽快に降りると、野仲の目の前で手を差し出してきた。
「ん」
「ん?」
突飛な和の行動に、反射的に野仲は疑問符を付けてオウム返ししてしまった。しかし和の行動の意図はなんとなくわかっている。
「ん? ちゃうわ、はよ出せこら」
カツアゲかな?
頭に浮かんだ言葉を一旦無視して、野仲は懐から次々に長方形の紙を取り出し、計3枚を和に手渡した。和紙のような素材で少し古びて見えるが、シワひとつない不思議な紙だった。
手のひらよりもいくらか大きいその紙の片面には、文字のような、模様のようなものが細かく書き込まれている。
「せやせやはよ出せばええんや。どれどれ?」
和はまるで鑑定するかのように3枚の紙をそれぞれ穴が開くほど確認する。
「うん、大丈夫やな。うちの子たちを雑に扱っとったらブチのめしとるとこやったわ」
「いや罪重いな。借りてる式札をそんな雑に扱うわけないだろ」
『式札』
——式神を顕現させるために必要な依代のひとつ。式札、適性な霊力、そして術士のイメージが噛み合ってはじめて式神を呼び出すことができる。
野仲は和から式札を受け取ると、再び懐に仕舞い込んだ。妖に襲われた際にすぐさま使えるように。
野仲の持つ式札はすべて和から借り受けているもので、野仲の聞いたところによると全て和が作ったものらしい。それゆえに愛着があるのか、あの子、うちの子、と我が子のように呼んでいる。
「そや野仲、この間から赤獅子しか使ってへんけど、他の子と相性悪なったんか?」
「いやそんなことないよ。単純に赤獅子が一番火力高いから頼ってるだけ」
「ふふ〜ん? まぁ赤獅子はそこが魅力やねんな、キュートやねん」
赤獅子の長所を褒められたのが嬉しいようで、和はニヤケ顔で偉ぶった。
「うちはてっきりあんたの霊力、五行の特性が変わってもうたんかと思ったわ。成長期には特に起こることやから」
『五行』
——万物を構成している木・火・土・金・水という五つの元素のこと。天も地も、人ですらこの五つで成り立っていると考えられている。陰陽師にとっては五行の中のどの霊力を有しているかが非常に重要で、その特性に応じて扱える式神や術などが異なってくる。
「ま、ええわ。うちの子たちも無事やったし、今日もさっさとやるで」
そう言って和は机の上に置いていた自身の荷物を担ぎ上げた。
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