第4話 妖を識った日
「あれ? たち……
旧校舎への道のりは意外にもわかりやすいものだった。正門とは逆の位置にある裏門を抜け、月明かりと携帯のライトを頼りに少し歩き、暗い雑木道を抜けた先に旧校舎は姿を現した。
古びてはいるが、聞いていたほどの劣化は見られないように思える。
聞きかじった道のりを伝えながら着いてきた
入り口あたりで、「ありがとうな、ここからは着いてこんでええ。ホンマ、ちょっと確認したいことがあるだけやから。ほな」とまくし立てると、野仲の返答も聞かずに走って校内へと入っていってしまったのだ。
着いてくるな、というニュアンスで言われたがこの時間にこの場所だ、大人しく従うわけにもいかない。野仲はすぐに追いかけて校内へと入った……が、どこにも姿が見えなくなってしまった。
「どこ行っちゃったんだ? おーい、紫宝院さーん」
呼びかける声が廊下に響くも返事はない。
仕方がない、教室を一から見ていこう、と野仲は玄関を入って右に曲がり、手前の教室を開けたが……誰もいない。
教室を後にしてキョロキョロと見回しながら、野仲は少しおかしな空気を感じ始めていた。違和感というのか、忌避感というのか。
——それにしても、なんの臭いだ?
と野仲は顔をしかめる。ツンとした刺激臭のような臭いが鼻をつく。そして臭いだけでなく、ガリガリと引っ掻くような異様な音もどこからか聞こえてくる。
動物がいるとか? ネズミがめちゃくちゃいるとかってことないよな、と気持ち悪さを感じながら次の教室に入る。
途端に、野仲の肌がぞわぞわと
なんだ? なんでこんな鳥肌が……。とにかく早く紫宝院さんを見つけて帰ろう。
足早にさらに隣の教室へ移ると、異変が先ほどよりも強く感じられた。臭気は強まり、口の中でおかしな味が感じられるほどになった。
ダメだ、ここの教室はダメだ、早く出よう、と後退りすると、ふくらはぎから膝裏の辺りにかけて何かが当たる感覚がした。
椅子ではない。机でもない。無機質ではない何かが足に当たり、そして——ずるりと動いた。
ビクッと野仲は飛び退き、尻もちをついた。背中にぶつかった机が倒れて大きな音が鳴る。
痛みと衝撃から閉じていた目を開けると、何かと目が合った。
見てはいけない、という気持ちとは裏腹に視界に入る。——見えてしまう。
「うわあぁぁぁっ!!」
野仲は尻もちをついたまま悲鳴をあげ、必死にズルズルと後ずさった。
こちらを見据える感情の見えない目。こちらに向けてヒクつく鼻。のぞく鋭い歯と溢れる腐臭。
その見た目は間違いなくネズミだった。しかし野仲のよく知る手のひらサイズのネズミではない。尻もちを着いている野仲の目線の高さに顔があるのだから。
「ハッ、ハッ、ハッ」
息がうまく吸えない、いや吐けないのか、と野仲は混乱しながら、チカチカする視界に指先の痺れを感じていた。恐怖に身体が染められていくようだった。
イノシシほどの体躯の巨大なネズミが、バケモノとしか形容できない存在が、一歩ずつ野仲に近づいてくる。いつからそこにいたのか、なぜ気づかなかったのか、頭に浮かぶ問いに答えなど返ってこない。逃げようと、逃げなければと思っても身体が応えてくれない。
野仲は絶え間なく動く思考とは裏腹に、ただ呆然と近づいてくるバケモノを眺めていた。
次の瞬間、バリンという何かが激しく割れる音とともに、強烈な冷気が野仲の体に吹き付けてきた。目の前まで迫っていたバケモノも音にビクリと反応し、その巨躯を翻していた。
そして割れた——割られた窓から、紫宝院和が飛び込む姿が野仲の目に映った。雪一色の窓の外から冷気が吹き込んでくる。
彼女の目の前には青緑色の、見たことのない犬が宙を駆けていた。飛び跳ねているのではなく、文字通り宙に浮き、足場のない空間を蹴っているのだ。
「
紫宝院和の声に反応して、その犬はネズミのバケモノに向かって急降下しながら飛びかかった。そして前足を右、左とそれぞれ振り下ろすと同時に、激しい旋風が吹きつける。旋風はバケモノに襲いかかり、空中へと浮き上がらせると、その体をズタズタに切り裂いていった。
バタバタと空中でもがいた後、断末魔の叫びを上げてそのバケモノはぐったりと動かなくなった。凶器的なその旋風は野仲にも吹きつけていたが、暖かく心地良い風だった。
ドサリと地面に落ちたバケモノはピクリとも動かない。同じく動けないでいる野仲の元に、紫宝院和が近づいてくる。
「だぁから着いてこんでええ言うたやんけ。こんのネズ公も一丁前に気配くらましよってからにホンマくそが」
悪態をつきながら紫宝院和が頭をガシガシと掻く。
「野仲くんも運悪く”
——全部忘れるんやし。
この日、野仲は妖という存在を”
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