美少女アンドロイドに土下座して泣きつくのは間違いじゃない(短編)

夕奈木 静月

第1話 願い

「風邪をひきますよ」


 誰かに呼びかけられた。

 

 目を開け、首をひねると目の前に少女が立っていた。


 あわいパープルのロングヘアが風に揺られ、見つめる瞳は金色こんじきに輝く。


 夜明けの公園。独り身の三十路みそじサラリーマン――左近寺容生さこんじようせいは、自分がベンチで横になって眠ってしまっていたことに気づいた。 


 まだ酒が残っているのか、彼は思わず口走る。


「アンドロイドみたいに電源スイッチを押すだけで人生が終われればシンプルでいいのに……。人間はどうしてこうも面倒なんだ……?」


 誰でもよかったのだ。とにかく誰かに心の内を吐き出したかった。努力が少しもむくわれない仕事に日々鬱積うっせきするストレス。彼は限界だった。


「……私は、違うと思います」


 真剣な表情で訴えを聞いた後、淡々たんたんと返す少女。


「なにが?」


「人間は簡単に終わりを選べないようにつくられている、ということです。それはつまり、神様に愛されているということ。すぐに死なれては困ると思われているのだと思います。私たちとは違います」


「君は……、アンドロイドなのか?」


「はい、その通りです」


「そうか。すまない、悪く言うつもりはなかったんだ」


 容生はベンチの上で居住いずまいを正した。


「いえ。悪口なら言われ慣れていますから。お気になさらず」


「……」


「あなたの願いはなんですか」


「どうして突然そんなことを?」


「両手を合わせて祈るような格好で眠っていたので」


「そうか。じゃあ『二秒後に死ぬこと』」


「……。それ、本気で言っているのですか?」


「本気だ」


「自ら命を絶つ、と」


「いいや、それができなくて困ってるんだ。だから――」


「殺してほしい、ということですか?」


「話が早いね。是非お願いしたい。アンドロイドには人間の法律も適用されないし」


 基本的には人間の願いをかなえるためにアンドロイドは存在している。そのため無理無謀なことをさせようとする人間も一定数存在するが、容生の願望はそれらとは少し異なっていた。


「嫌だと言ったら?」


「こうする」


「……! 機械に土下座なんて……」


「別に……人間なんてそんな大したものじゃないんだ。ただ地球を取り仕切る王様みたいに振る舞ってるだけでさ……。本当はおそろしくちっぽけな存在なんだよ。ずる賢いし、すぐ誤魔化ごまかしたりサボろうとするし……。君たちアンドロイドの方がよっぽど人のため、地球のためになることができると思う」


 容生は頭を上げて素直な気持ちを吐露とろした。


「……」


「なぜかって、人間や環境にメリットのある善良ぜんりょうな性格のプログラムしかその頭の中にインプットされてないからね。誰もわざわざ破壊の限りの尽くすような極悪な人格をアンドロイドに植え付けたりはしないだろう?」


「……」


「君たちには人を殺しても罪悪感が生まれないんだろう……? だったらほんとにお願いできないかな? この通り……」


 再び地面に頭をりつけて容生は嘆願たんがんした。

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