第6話 邪な言葉
「いついかなる時も、世界は人間に正解を求めています。仕事中、食事中、ただの雑談でさえ、その瞬間には『正解』があります。だから神々は人間が正解を出しているか観察し、時には手助けをしなくちゃいけない。そして時には、裁かないといけない」
ヒルコが立ち上がった。
大量に出血した身体でフラフラとよろめきながら男たちに顔を向けた。
「お前たちは、自身の行いが正解だと思っていますか?」
「はん。正解に決まっているだろう。何せ、『神器』をもつアレン様の行いだ。むしろこの行いは神の意思と言っても過言ではないだろう」
男が馬鹿にするように言った。
ヒルコの目が赤く輝く。
「あぁ、じゃぁ、断言しよう。お前たちの行いは邪悪だ。邪悪な者たちは神に裁かれてしまいますよ」
「けっ。バカバカしい。神は忙しいんだ。俺が何をしてるかなんて分からねぇよ」
「いやいや、案外神は観ているものですよ。だから、注意しないと」
ヒルコの周囲に無数の青い小さな光が舞った。その光の正体は文字だった。文字が浮かび、青い光を放っていた。
青い文字はどこから現れたのか、どんどん数が増えていく。
その文字はこの世界では見慣れぬ文字だった。しかし、ラミアはその文字を見たことがあった。
「『邪な文字』だ」
呟いた。
それは異界の文字だ。『邪な言葉を操る神』が異界から持ってきた邪な文字と呼ばれるもの。今は使用することを禁止された文字。
邪な文字が群がり、巨大な青い光となって男達に襲い掛かる。
「がはっ」
突然、男達が口から血を吐き出し、倒れだす。
「何だ? これは。くっそ頭が痛い。腹が痛い」
「今、集めたのは邪な文字の中でも、呪いに満ちた文字だ。言うのが遅くなってしまったけど、触れると危険だよ」
邪な文字はラミアの周囲を避けるように飛んでいた。彼女は茫然とヒルコを見つめていた。
「ヒルコ、貴方はいったい何者なの?」
その様子をアレンは驚愕の眼差しで見つめていた。
「まさか、お前も『神器』を持っているのか?」
「さて、どうだろうね。実をいうと、俺もあまり『俺』がなんなのか分からない」
「ふん。とぼけやがって。まぁ、良い。俺の『神器』は最強だ。貴様ごとき、食い殺してやる」
アレンが着る『真神の毛皮』から突然、光が放たれた。
「ぐるあああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
アレンの肉体が膨れ上がり、変化する。光が消えると、そこには巨大な狼の顔をした巨人が立っていた。
「どうだ? 美しいだろう? この姿で喰ってもらえることに感謝して死ね」
アレンが遠吠えを上げて、ヒルコに突撃する。
ヒルコは邪な文字を操り、アレンにぶつけた。
「くっ」
アレンが一瞬顔を歪めた。
「俺にこんな呪いなんか、通じねぇよ」
青い光を振り払い、ヒルコへと接近し、拳を叩きつける。
瞬間、ヒルコは強化の文字を自身の右手に集中させ、巨人の拳を右手で受け止めようとした。
鈍い音が響く。力負けして、ヒルコは吹き飛んだ。
体中に強化の文字を張り付けていても、気絶しそうな痛みがあった。
「その程度か? 大したことのない『神器』だな」
狼の顔をした巨人が笑う。
「あまり、これは使いたくなかったけど」
そう前置きし、ヒルコは左手を虚空に掲げた。『開』という邪な文字が浮かびあがり、溶けるように消えた。虚空に一筋の亀裂が走った。空間が避け、亀裂が少しずつ大きくなっていく。
開いた空間から巨大な青い手が現れた。その手は邪な文字で構成されていた。青い手はアレンの身体を鷲掴みにしてしまった。
「な、なんだこれは?」
アレンが苦悶の表情を浮かべながら言った。
「さて、昔の話をしよう」
悶え苦しむ声を聞きながら、涼しい顔をしてヒルコが唐突に言った。
「遠い異界に、『蛭子』と呼ばれた神がいた。国生みの神『伊邪那岐』と『伊邪那美』の最初の子。だけれども、気味の悪い異形な身体と能力を持っていたという理由で棄てられ、この世界まで流された」
青い手がギリギリとアレンを押しつぶそうと力を強めていく。
「まぁ、親に棄てられたことは悲しかったけど、『蛭子』は前向きにこの世界で頑張ろうと決めた。元の世界で参加できなかった国造りをしようかなと思ったりもしていた」
「ぐっあ。あああああああ。な、何を言って」
「だけど、お前たちの神々は『蛭子』を認めなかった。『蛭子』を『邪な言葉を操る神』と蔑み、その力を恐れ、封印してしまった。なぁ、『蛭子』はどんな思いで今も封印されていると思う?」
「ま、まさか、お前は」
「俺は『邪な言葉を操る神』の『化身』ヒルコ。あの封印を解き、お前たちの神に復讐するために生まれてきた」
ぐちゃ。
アレンの身体が潰れた。
いつの間にか青い手と、邪な文字が消えていた。
「やっぱり、これはしんどいなぁ」
ヒルコはそう言って、ラミアのもとまでやってきた。
「貴方は、何者なの?」
「俺はヒルコ。ご主人様の奴隷ですよ」
「でも、貴方は化身なんでしょ? どうして私の奴隷になったの? 貴方なら奴隷の首輪も壊せるんじゃないの?」
「『邪な言葉を操る神』の化身は、実際大したことはできないんです。今回はたまたま『本体』の封印が緩んで、呼び寄せたけど、基本的に俺ができるのは支援系の能力のみ。邪な文字を操って自分を含めた味方への強化バフと、敵への弱体化デバフのみ。その効果もささやかなものですよ」
「嫌々だけど私の奴隷になっているのね」
弱々しい笑みをヒルコは浮かべた。
「あぁ。質問に答えてなかったですね。俺は外に出してくれたご主人様に感謝してます。そんでもって、一緒にいて楽しいなと。だからご主人様と一緒にいるのは俺の意思です。だから、今後も側にいさせてくれると嬉しいですね」
「まぁ、仕方ないわね。貴方を買ったのは私だものね」
「ありがとうございます」
奴隷の少年に手を握られ、王女は顔を赤らめた。
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