その15 セカンドオピニオン

 東京都千代田区にある私立ケインズ女子高校は(後略)



「ええい、東大医学部は頭が悪い! 東大医学部は頭悪くないか!?」

「うわっどうしたのおじいちゃん、そんな人前で杖振り回したら危ないって!」


 ある日の放課後、部活のない日なので直帰していた私は街頭で実の祖父が激怒しながら歩いている姿を目にした。


「おや、菜々ちゃんじゃないか。最近はお金に困ってないかね、もし入用いりようならこのじいじが少しばかり……」

「いやそれは別にいいから! それよりさっきはどうしたの? 東大医学部がどうとか言ってたけど」

「わしが先月から不眠症でこんなに悩んでいるというのに、どの医者もわしには何の異常もない、不眠症は歳のせいだと言ってまともに話を聞かんのじゃ! そこの精神科には東大医学部卒の医者がおるというから期待しておったのに!!」

「ああ、そういうこと……」


 私の父方の祖父である灰田はいだ団塊朗だんきろうおじいちゃんは現在70歳で、いわゆる団塊だんかいの世代である上に60歳で定年退職するまでは公立中学校の校長を務めていたせいもあって他人に上から目線で接しがちだった。


 近所のマンションに住んでいるおじいちゃんは先月から夜7時間しか寝られないと嘆いており、仕事をしている訳でもないので別にいいのではと私は思っていたが本人はとにかく睡眠薬を処方して欲しいとドクターショッピングを繰り返していたのだった。


「あれっ、君はもしかしてののちゃんの後輩? 何か不眠症がどうとか聞こえたけど」

「あっ、えーと……医学生の街子さん! そうなんです、私の祖父が不眠症に悩んでドクターショッピングみたいになっちゃってて」

「そうなんじゃよ、近頃の医者ときたらこんな老いぼれの言うことなどまともに取り合おうとせんのじゃ」


 ちょうど話しかけてきたのは硬式テニス部の出羽でわののか先輩の従姉いとこである台場だいば街子まちこさんで、私は現役医学生である彼女ならいい解決策を知っているのではと思って事情を話した。


「なるほどー。おじい様の仰ることはもっともですけど、街中の開業医の先生って大体忙しいので緊急性のない受診は敬遠されがちなんですよ。どうせ色々なお医者さんに診て貰うならセカンドオピニオン専門外来を探すのも手だと思います。あと最近はインターネット上で身近な医療情報を発信してる人もいるので、よかったら灰田さんからこのチャンネルを見せてあげてくれない?」

「へえー、確かにYoutubeの動画ならお手軽ですよね。ありがとうございます。おじいちゃん、今からパソコンの設定してあげるからこのチャンネル一緒に見てみようね」

「ゆうちゅうぶ? とかはよく分からんがわしの不眠症が治るならこの際医者は問わん! そこの医学生、わしからも礼を言っておこう!!」


 街子さんはメッセージアプリで私にYoutubeチャンネルのURLを送信するとどういたしましてー、と言って立ち去り、私はそのままおじいちゃんの自宅に付いていってパソコンで動画を見られるようにしてあげた。


 おじいちゃんはその日から毎日そのチャンネルの動画を見るようになり……



『ハローエブリワン! 現役ドクターYoutuber、近藤マホトのお時間です! さてと、今日のお悩みはお年寄りにありがちな不眠症。夜6時間とか7時間しか眠れないと仰るお年寄りは多いですが、それらはいずれも不眠症もどきです! 不眠症もどきにはお薬も心理療法も必要なく、最も有効なのは自分放置療法! さあ、不眠症に悩む自分を忘れて人生をエンジョイしましょう!!』


「菜々ちゃん、近藤先生のおかげで最近は毎日絶好調じゃよ! 近藤先生のご著書を配布用に30冊買ったから菜々ちゃんも何冊か持っていきなさい!」

「うん、一冊だけ貰っとくね……」


 現役医師Youtuberの近藤マホトにはまり込んで著書を大量に買い込んでいるおじいちゃんを見て、私は国民医療費を無駄遣いしていない分ドクターショッピングよりはましだと考えることにした。



 (続く)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る