第9話 播州平野の初夏の夕暮れ時

 料理研究家の戦時中の兵役時代の話を聞いた堀田氏は、自らの学生時代と照らし合わせながら、思うところを述べた。

「それはしかし、世にもうらやましい役得と申しましょうか(苦笑)」

「確かにわしもうらやましいが、何を言っておるのかね。徴兵されずに学問に励めた堀田君も、役得もらえたうちだぞ。その上さらに一声旨いもの寄越せというのは、厚かましさにも程があろうってものじゃ」

 山藤氏は少し真面目に、幾分若い大学教授をたしなめた。

「確かに。なんだかんだで、私も、恵まれていました。ありがたいことです」


・・・ ・・・ ・・・・・・・・


 列車はすでに峠を超えて下り坂。蒸気機関車の牽引する特急列車は、軽快に播州平野の東部を快走している。

 ここはもう兵庫県内。列車は程なく、上郡を通過。

 ここも、幾分開けた町である。先程の和気駅周辺のように、幾分の民家と店舗、それに銀行の支店や旅館が、駅前の幾分かの区画に軒を連ねている。

 列車はさらに、つい数年前まで海沿いの赤穂の町への乗換口であった有年を通過。国鉄赤穂線の開通と同時に、この路線は廃線となっている。

 義士の町・赤穂への玄関口は、今や、次の相生。

 ここから西に向けて2駅を超えた先に、国鉄播州赤穂駅が設置されている。

 もっとも、この特別急行列車はこの相生駅さえも、軽々と通過していく。

 ここに停車するのは、先程の和気・上郡と同様、急行列車まで。


 今は5月も下旬に差し掛かる頃。日はまだ高い。

 外はまだ、十分明るい。


 相生を通過した列車は、さらに播州平野の肥沃な地を快走し、竜野、網干、そして英賀保と小駅を通過していく。

 このあたりにもなると、もはやトンネルはない。田園地帯をひた走る列車は、ときに瀬戸内海へと流れ込む河川の上を鉄橋で通過していく。

 この列車は京都行であるが、この後トンネルをくぐることはもうない。


 英賀保を過ぎたあたりで、車内放送が入る。播但線と姫新線が乗換となる。

 堀田氏は、網棚の上に置いていたばら寿司の袋と自らの鞄を下ろした。


・・・ ・・・ ・・・・・・・


 次の停車駅は、姫路。列車は定刻に到着した。ここも岡山同様、わずか3分停車。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る