第7話 弁当の茶瓶と蒸気機関車の煙
「お弁当にお茶、ビールなどのお飲み物はいかがですか~」
先ほど食堂車に向かって売り歩いていた車内販売の女性が、またも、彼らの居る車両にも回ってきた。食堂車の基地にいったん戻って補充して、さらにまた特別二等車と最後尾の三等車に向かう模様である。
食堂車に行かない客は、二等・三等を問わず一定数いるものである。
この頃の東海道筋と外国人観光客用にわずかに残っている一等車の客については、あまり食堂車を利用する客はいないという話も伝わっている。
その情報を報道した当時の週刊誌の記事によれば、特別急行列車「つばめ」や「はと」の一等車の客は、大抵の場合、乗車駅で高級な弁当をあらかじめ購入し、それを展望車で食べるという次第。
幸い、茶や珈琲程度の飲料は、展望車に乗務する「列車給仕(ボーイ)」が黙っていても用意してくれるし、ビールの1本も所望しようものなら、直ちに、食堂車から車内販売員が取寄せてくれるとのこと。
何も、狭くて揺れる車内を歩いて行き来する必然性もないのである。
少し後ろの客が、弁当と茶を購入している。
彼もまた、この時間帯の食堂車に行くことを好まない客の一人であろう。
岡山あたりで積み込まれた弁当とともに、陶器製でお茶の入れられた湯呑付の茶瓶が、特別二等車の座席につけられた小形のテーブル上に置かれる。
・・・ ・・・ ・・・・・・・
和気を通過した列車は、さらに吉永、三石という岡山県東部の小駅を通過。
三石の大カーブを過ぎると、いよいよ山陽本線のセノハチこと上りの瀬野‐八本松間に次ぐ急こう配、船坂峠越えに入る。
東海道で活躍していた最新鋭の蒸気機関車C62がけん引するこの列車は、他の列車に比べ良質な石炭を使い、技量もトップクラスの機関士と機関助士のコンビが運転している。それでも、幾分の煙が窓の隙間から入ってくる。
5月半ばでさほど暑い時期ではないが、窓を開けているところもないではない。
トンネル進入前には、車内放送で窓を閉めるべく案内も入る。
それでも、間に合わなければ客室内から、そうでなくてもデッキなどの隙間から、煙は車内に容赦なく入ってくる。
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