第4話 結局は、特別二等車の背もたれを倒して・・・

 アイス珈琲をすすりながら、堀田氏はしばし考え込んでいた。


 しかし、「かもめ」で錦を飾るにはちょっと二の足を踏んでしまいますね。

 三等車からホームに出たら貧乏くさく見られてしまう。

 かといって、特別二等車に乗れば、錦は飾れそうですけど、運賃その他倍は軽く超える。下手すれば生意気なとも言われかねない。

 さあ、そうなれば、三等切符で乗るだけ乗って食堂車で粘って1時間ほどの姫路までの時間をつぶして、食堂車の近くの特別二等車のデッキから飛び出すか。

 いっそこの際・・・


 そこで、元大尉殿からダメ出しが出た。


「堀田君、食堂車作戦、少しはうまく考えてみられたようだが、あの時間はもう食事時間帯であるから、二等車の客で食事は必ず食堂車と決め込んでいる人は結構おいでじゃ。東海道筋なら間違いなく、席自体にありつけないだろうな。山陽筋はそこまで特別二等の客はいないが、三等客でも、それなりには食堂車の利用はあるからね。さあどうする? もうこの際、特別二等を奮発するか、三等で酒代捻出か」


 堀田氏と山藤氏は、ともに喫煙者であった。煙草を取出し、しばらく、一服しつつ考え込んでいる。

 灰皿に煙草をもみ消し、目の前の水を少し飲んで、堀田氏は、決断した。


「それならもう、特ロ、行きます!」


 当時の旅客車両は、等級別に一等から三等まで「イロハ」の順に称されていた。そのことは時刻表などでも周知されていたため、鉄道ファンならずとも得ている知識。


「特ロと仰せであるが、それは特別二等車のことで、よろしいな?」


 念を押す元陸軍少佐に、元学徒兵候補の大学教授が軍事教練の教官に返答するかの如く答えた。

「はい! これなら1時間少々、背もたれを倒していい気分で故郷に錦を飾れます。食堂車は無理に行かなくても。どうせ後で、飲み会になるでしょうから」

 山藤氏も、その提案に賛成した。

「そうじゃ。こういうときくらい奮発しなさいよ。何もケチるばかりが、能でもなかろう」


 かくして彼らは、金曜日の夕方、特別急行「かもめ」で岡山から姫路まで、特別二等車で移動することが決定した。


・・・ ・・・ ・・・・・・・

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