ばら寿司は特ロに乗せて

与方藤士朗

第1話 アイスコーヒーの季節

 1958(昭和33)年5月下旬の岡山市内。この日も晴れ。瀬戸内沿岸は温暖な気候で雨も少ないが、特にこの岡山周辺は、際立ってその傾向が強い。

 夏というほど暑くもない。窓を開けると、穏やかな風が涼しさを運んでくる。この時期はまだ、扇風機を出して回すほどの暑さではない。


 ここは、かつての陸軍練兵場跡にできた新制国立O大学近くの喫茶店。

 今は平日の昼過ぎ。

 定時制高校に通う勤労少女が、ウエイトレスとして勤めている。その服装は、まさに列車食堂の女性従業員かと見間違うような半そでの服。今ならそれこそ、メイドカフェなどで着れば人気も出そうな、そんないでたちである。店内の客は、昼も過ぎたことであり、それほどいない。


「いらっしゃいませ」


 彼女にとっては良く知っている人物が2人、やってきた。

 一人は、O大学教授になって間もない堀田繫太郎氏。もう一人は、この店に米穀類を納入する街中の米屋の主人・山藤豊作氏。彼らはどうやら、示し合わせてこの店にやってきた模様。

 米屋の主人はこの日も昼前に米の配達に来ていたが、その時と違い、今度は背広姿である。何か営業でもしているのだろうか。一方の堀田氏の方は、いつものように背広姿。特に実験でもない限り白衣は着ないが、そもそも白衣を着て来店したことは一度もない。


 彼らは空いているテーブルに適当に座り、それぞれ珈琲を注文しようとした。


「山さん、コールコーヒーもできるよ、どう?」


 マスターが、厨房から声をかける。

「コール」という言葉に、堀田氏が首をかしげる。

「堀田君も、アイスコーヒーにするか?」

 山藤氏が尋ねる。堀田氏も、それに同意する。

「マスター、レイコー2つです!」

 ウエイトレスが、マスターに告げた。

 あっという間に、2つのグラスに用意された。

「じゃあ、清美ちゃん、よろしく。このお盆で、頼むわ」

「はい、かしこまりました」


 ウエイトレスが、水の入ったグラスとともに珈琲の入ったグラスとストローを、烏城彫の絵が彫られた盆に載せて持ってきた。この店では普通のステンレスの盆の他、この盆で客に飲食物を提供することもあるという。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る