54話 チョロい

 睡眠をとって再びダンジョン探索を開始した三人は順調に進み15階層まで来ていた。エヴァとフェイリンの二人で魔物を倒し続けてきたが限界だった。


 オークの上位種であるオークエリートに加えコボルトの上位種ハイコボルトの二種類の魔物にフェイリンが囲まれた。


「サンダーフィールド!」


 フェイリンが魔物に取り囲まれ雷魔法を発動する。自身の周囲に雷を発生させる魔法で動きを止める。DランクやCランクの浅い層の魔物なら倒せるがここはBランクの中層。魔物たちは強力だ。しかし倒せはしないが動きを止めることはできる。


「ライトバースト!」


 そこへエヴァが魔法でフェイリンを援護する。フェイリンはエヴァの魔法が当たった魔物に突進して包囲を脱出した。一体倒せたがまだ魔物は十体以上残っている。多勢に無勢に加えて火力不足だった。二人ではジリ貧でやられるのも時間の問題な状況である。むしろ二人でよくやった方であった。普通であればこの階層は最低でも五人パーティが推奨されるだろう。


 プリシラは二人での限界を感じとり魔物を倒し始めた。プリシラによって魔物たちは瞬く間に光の粒子へと変わっていった。


 エヴァとフェイリンは大きく息を吐いて安堵している。


「プリシラ助かったネ。ここは二人じゃ無理アル」


「ありがとうございまス。流石にここは無理がありますワ。今の私たち二人の限界は14階層までですわネ。それでもかなり厳しかったのですが…」


 14階層までは二人でもなんとかなっていたのだがそれでもギリギリだった。二人とも一回の戦闘でSPもMPも3分の1程度使用してなんとか倒し切っていたのだ。回復ポーションの使用量も多く連戦になるといずれやられていただろう。


 15階層に来ると魔物が強くなり数も多くなり対処できなかった。


「………さすがに限界みたいだから後は私がやる」


「ええ。そうした方が良いでしょウ」


「あとはお任せアル。ハルカから聞いてるけど本当に座ってるだけでいいネ?」


「………うん」


 プリシラは遥と来た時と同じように結界で椅子を作った。今回も肘掛けに足置きもあり、さらに座布団やクッションも用意してあるため快適な空間となるだろう。


「………ここに座って」


「本当に器用に結界を使いますわネ……」


「お邪魔するアル!」


 フェイリンがさっそく結界で出来た椅子に座りマジックバッグから座布団とクッションを出している。エヴァも座るとプリシラがさらに結界で風よけを作った。


「………少し急いで進む」


「わかりましいいいいいいいいいい!?」


「おおおおおおおおお!?」


 プリシラが走り出すと一緒に結界で出来た椅子も急加速した。遥を乗せた時よりも早い速度だった。プリシラが曲がり角まで着くと一旦止まった。


「………このくらいの速さで進む」


「……わかりましたワ」


「わかったアル…」


 そしてプリシラは渋谷ダンジョンを爆走していくのだった。




 プリシラがエヴァとフェイリンと一緒に渋谷ダンジョン内を走り屋の如く爆走している頃、残った遥と桜の日本人二人は自衛隊の管理ダンジョンでスキル練習とランニングをしていた。当初はマンション近くのFランクダンジョンに行く予定だったのだが、プリシラたちと一緒に軽くランニングに行った際に野次馬が少なからずいた。プリシラの知名度を考えると当然のことなのだが、桜がまだ高校生ということを考慮し自衛隊の管理ダンジョンに来た。


 ララベルが装備の付与技術の基礎を提供したせいかあっさりと許可は出た。しかし遥は叱られた。監視役なのになぜプリシラと一緒にダンジョンに行っていないのかと。自らの職務を放棄しているのと同じなため当然である。


 お叱りを受けて桜と共にダンジョンに入り一日トレーニングを行った。


 だが二人には距離があった。遥からするとなぜ自分だけ距離があるのか不思議だった。というのもプリシラやエヴァ、フェイリンとは打ち解けていたのだ。スーパー銭湯に行った際にはエヴァと二人で風呂を回っていた。フェイリンとも親しげに話していたしプリシラとも漫画の話をしていた。遥も食事中は会話に参加していたのだがなぜか今桜に距離を置かれている。理由がわからないままその日のトレーニングが終わりマンションに戻ってきた。


「三人だとちょっと静かになっちゃいますねぇ~」


 楓と共に三人で夕食をとっていたがプリシラたちがダンジョンに行っているため昨日より静かだった。


「フェイリンがよく喋ってましたからね」


「そうですねぇ~。あれ? 風見さんもう食べちゃったんですか?」


「あ…はい。その……おかわりは……」


「あ~……人数分しか作ってないんですよぉ~。ごめんなさい。もしかしてぇ~結構大食いだったりしますぅ~?」


「は……はい。倍くらいは食べたいです……」


 楓の質問に恥ずかしそうに答える桜。さすがに倍は予想外だったようで楓は驚いてしまった。


「ありゃ~そんなに食べるんですねぇ~。今日は材料がないので下のコンビニで何か買ってきますねぇ~。明日はいっぱい用意するのでぇ~」


「いえ……大丈夫です…」


「でもデザートのケーキはありますよぉ~。私ダイエット中なので私の分上げますよぉ~」


「デザート!」


 デザートという単語に目を輝かせる桜。大食いでさらに甘いものにも目がなかった。一方の楓はここに来てからスタイルの良い人間とエルフしか見ていないので自分もスタイルを良くしようとダイエットに励んでいる。


「あ…私のもあげるわ。嫌いなわけじゃないけど…甘いものってちょっと苦手なのよね。たくさんいらないというか」


 遥の言葉にパァッ! っと表情を輝かせる桜。少し驚いたが喜んでくれて良かったと遥は安堵した。こうやって少しずつ餌付けしていけば距離も縮まるだろうと考えたが不安だったので桜が風呂に入っている間に楓に相談することにした。


「ん~……あの子コミュ障ですけどチョロいんで大丈夫ですよぉ~」


「チョロい……ですか?」


「もうチョロチョロですよぉ~。私はもう胃袋掴んじゃいましたしぃ~」


 言われてみれば楓の作ったハンバーグを喜んで食べていた。サラダとお吸い物があったがそれも喜んで食べていた。他にも昨日の夕食も喜んで食べていた。


「プリシラさんたちは偶然ですけどあの子の心のパーソナルスペースにあの子の好きなものを持って入ったんですよぉ~」


「好きなものですか?」


「はい~。漫画やアニメがそうですねぇ~。引越しの時にたくさん持ってきたじゃないですかぁ~」


「そういえばたくさんありましたね」


 桜はプリシラたちに布教するためオススメの漫画を大量に持ってきていた。わざわざアナログ媒体の漫画をである。ゆくゆくはアニメなども見せて沼に引き摺り込もうと思っているのだ。


 だが遥だけは漫画やアニメに興味を示していなかった。そのため桜にとって遥はまだ『仲間』認定を受けていないのだ。プリシラたちはすでに興味があるし好きだと伝えていたためすでに『仲間』認定されていた。


「なので持ってきた漫画の中でオススメを聞けば一発ですよぉ~」


「そんなに上手くいくでしょうか………」


「物は試しでやってみればいいですよぉ~。どちらにせよ話す時間が必要ですからねぇ~」


 楓の言う通りでコミュニケーションの時間が必要だった。何もせずに仲良くなれるのなら苦労はしないのだ。


 遥は自身も桜の後に風呂に入ってから桜の部屋に行っておすすめの漫画を聞くことにした。漫画に興味がないわけではないため趣味の一つとして開拓するのもいいかなと思い聞きにいくことにした。


 桜の部屋の前に来てノックをして返事があったため扉を開けて入室する。部屋に入ると桜はもう寝るところだったようで寝巻きに着替えてベッドに座っていた。まだ9時と少し早い時間だが今日は午前と午後のトレーニングでヘトヘトだったため早めに寝ることにしていたようだ。


「あ…寝るところだったの? ごめんなさい。ちょっと聞きたいことがあったんだけど…また明日にしたほうがいいかしら?」


「あ…いえ。大丈夫です……」


「無理しなくても疲れてるでしょうし………」


「大丈夫です………」


「そ…そう? じゃあ………」


 ガッツリと距離を置かれていることがわかる対応に遥は戸惑ったが攻めることにした。一応本人から了承を得ているのだから話をすることにした。


「えーっとね? 和室に置いてある漫画なんだけど、知らない漫画ばかりだからオススメを教えて欲しいんだk「いいですよぉ!」」


 遥が喋っている途中からすでに表情が変わり始めていた桜。遥が言い終わる前に立ち上がりパァッと表情を輝かせて遥の元に歩いてきた。


「和室行きましょう!」


「え…ええ。いきましょうか………」


 二人で和室に向かうが遥は桜のチョロさに驚愕した。


(け…計画通り! だけど…この子…チョロ過ぎる! いくらなんでもチョロ過ぎるわ! 新学期になって学校に行ったらどうなるか心配になってきたわ)


 あまりにもあっさりと吊した餌に食いついてきたため先々が心配になった。このまま学校に行けばチャラい男子の格好の餌となってしまうだろう。新学期に向けての心配事が増えた遥だった。

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