第16話 スタンピード発生
11月2日
プリシラのお披露目の翌日。これからのことを考えてプリシラに社会勉強をさせることになった。まず手始めに研究所で手ごろに始められるということでテレビを見せることにした。
「………板の中に人がいる」
「そういう技術があってね。これは生放送だから遠くの場所を見せているの」
「………遠くの?」
「ええ。遠くのよ。記録していたこういうのを時間が経ってから見ることもできるわ」
「………?」
「う~ん。スマホのカメラで見せたほうがいいかしら」
そういって遥はスマートフォンを取り出しプリシラを撮影し始めた。プリシラは何が何だがわからないようで首を傾げている。
その後、録画された映像を見てテレビを見た時と似たような反応をしたがそういうものだということは何となく理解したようだった。理解を諦めたようにも見えたが遥は何となくわかったものだと思うことにした。これがララベルであればまた違っただろうがまだ寝ているようでプリシラのままだった。こういう技術系はララベルの方が通じやすい。
こうやって少しずつ慣らしていくしかないだろうと、後から来た折笠と話していた。
「それでプリシラ。魔力はもう万全なの?」
「………貯蓄分が後少しで貯まる」
「じゃあ今日もダンジョン行きましょうか。今日も貸切で入れるようになってるから」
「………またあの魚が食べたかったからちょうどいい」
「鮎美味しいものねー。昨日は食べられなかったものね。遥も行くわよね?」
「もちろん行きます」
三人で準備して自衛隊研究所が管理するダンジョンへと入った。
この約一時間後。成田空港近くのBランクダンジョンがスタンピードを起こしたとの報が自衛隊に入った。
◇
国の中枢では総理大臣である神田武臣が探索者協会副会長の田原菫に声を荒げていた。周りの者たちは戦々恐々としている。
「いったいどういうことだ!」
「どうしたもこうしたもないだろ。どこかの無能が防衛省にまで手出していろいろ変えて自衛隊があのダンジョンに潜る回数が減ったのが原因だろうに。というか私に怒鳴るならやることやってからにしな」
「すでにやっている!」
スタンピード発生から約1時間。関東に緊急事態宣言がなされ自衛隊の出動、警察や消防には民間人の避難と警護。探索者たちにはダンジョンから出てきた魔物の討伐を要請してあった。
地方への応援等すでにやることはやって現状の報告を待ち指揮をするという段階だ。
「というか何故お前が来た!? 会長はどうした!?」
「あいつは今現場の指揮でいっぱいいっぱいだ。だから私が来た。この無能はそんなこともわかんないのかい。それとももうボケたか?」
「他にもいるだろうということだ!」
「無能の相手は私で十分だ。有能なやつは現場に回すさ。昔からそういうところが無能なんだよ。今私に突っかかったってスタンピードは解決しないんだよ! 国の指導者なら責務を果たせ!」
二人は高校と大学時代を共に過ごした仲で成績を競い合うライバルのような関係だった。何かと神田が田原に一方的に突っかかっていた。全てにおいて田原が神田を上回っていたこともあり目の敵にされている。もっとも当時は恋心の裏返しだったのだがものの見事にフラれてしまっている。
田原には無能と呼ばれている神田だが、彼を無能というのは彼女くらいである。むしろとんでもなく有能な人物だ。天才の田原からすれば無能に見えるが実際はとても有能な人物として知られている。
「ふん! 自衛隊のトップチームはどうなっている? あと高ランク探索者クランは!?」
「防衛省に手出しておきながらそんなことも把握してないのかい。呆れる」
「お前と違って忙しいんだ! お前は把握しているのか!?」
「当然だ。自衛隊のトップチーム、『横綱』のところは今は品川のAランクダンジョンで五日後に帰還予定。『双剣王』のいる探索者クラン『双牙の頂き』は横浜のAランクダンジョンで三日後帰還予定。『勇者』のいる探索者クラン『HOPE』も品川で三日後だ。他にもいろいろ言ってやろうかい?」
「他に動かせる探索者クランやパーティは?」
「動ける奴らはとっくに現場に向かわせてる。ダンジョンからの帰還組も順次向かわせてるが焼石に水だろうね」
「自衛隊は!? 近場の動ける部隊はいないのか? 安藤一尉の部隊は!? 昨日模擬戦をしていただろう!?」
神田が近くの者に声をかけて現状の部隊の把握に努める。なお、昨日の安藤隊とプリシラの模擬戦を1対20にしたのはこの神田である。いくらレベルが高くても多勢に無勢ではその実力も発揮されないと見て自衛隊の実力を見せつけようとしたが逆に圧倒的な実力差で覆された。その結果が今となっては裏目に出ている。
「総理、安藤隊は昨日の模擬戦で18名が負傷。7名が治癒魔法スキルによって治療を終えてすでに無事だった者と一緒に現地へ向かっております」
「く………援軍が来るまで攻めずに耐えるようにと指示を!」
「わかりました!」
「先に言っておくよ。地方の探索者協会支部にはもう緊急で援軍の要請してあるからね。今来るのが決まったのが大阪の『賢者』が率いるクランの第1部隊と第2部隊、福岡の『弓王』のいるクランの第一部隊、札幌の『勇者』も決まったそうだ。自衛隊と連携するよう言ってあるけど遠いからまだ時間かかるだろうねぇ」
連絡を受けた田原はスマートフォンを見ながら気だるげに言い放った。そして席を立ち扉へと歩き出した。
「どのくらいかかるんだ!? あとどこへいく!?」
「自衛隊と連携してるって言ったろ。お花摘みにだよ」
呆れ気味に答えてそのまま総理大臣である神田の発言を無視して退出した。
(あの無能じゃ気づかないだろうからこっちでやっておくかね。気づいてもプライドが許さないか。国家の危機だから無理矢理にでもやらせないとね)
そうして自分のスマートフォンを取り出し夫へと電話をかけた。
『もしもし。無事で何よりだよ』
「私はね。電波もまだあってよかったよ」
『国の司令部も大変だろうね。それで、ここで僕に電話なんてどうしたんだい? 夫の声を聞いておきたかったかな?』
「それもあるさ。要件なんだけどね。今エルフの王女様はどうしてる?」
『彼女は今一条君と折笠君とダンジョンだね』
「急いで呼び戻しておいてくれるかい?」
『………まあ、そうなるよね』
「さすがにあれを遊ばせておくわけにはいかないからね。あの王女様がダンジョンに行くなら戦力になって貰わないとね。そのほうが互いに利点があるだろ」
『わかったよ。呼び戻しておく』
「悪いね。こっちもあの無能を動かしておくよ。それじゃ」
通話を切りスマートフォンをポケットに入れて司令室に戻った。
◇
一方、自衛隊研究所にあるダンジョンの中でプリシラは鮎の塩焼きを食べて湖のほとりにある草原に寝転び昼寝をしていた。
「ここはのどかで良いわね。休日はここでのんびりするのも良いかもしれないわ」
「はい。魔物も1階層だからか全然出てきませんからね」
「昼寝出来るくらいだものね。でもさすがに一人じゃ寝れないわね」
「スライムに窒息死させられるかもしれませんからね。誰かと一緒なら安心ですよ」
気持ち良さそうに昼寝をするプリシラの横で雑談する二人。さながら休日にピクニックに来たような気分だった。今回は椅子も用意しているためもはや休日だった。
だが、そこへ水を指すように一人の男性の自衛隊員が走ってきて大声をあげた。
「一条二尉! やっと見つけましたよ!」
「あれ? 佐々木さんどうしたんです?」
「今すぐ彼女を連れて戻ってください! 非常事態です!」
来たのは佐々木一等陸曹。年齢は遥よりも年上なため、階級は遥の方が上でもつい敬語で話してしまった。昨日の模擬戦に参加していた一人でもある。
「まず説明を。私たちは彼女の体調を考慮してここにおり、今彼女に関しては私に一任されています。一条さん。プリシラを起こしておいて」
折笠が佐々木の前に出た。ダンジョンの中での行動は折笠に一任されているため一条に話をするのは間違っていた。話をしても折笠に判断を委ねていただろう。
「失礼しました。端的に申しますと、成田空港近くのダンジョンでスタンピードが発生しました!」
「スタンピード!? しかも空港!? ……あそこは確かBランクの中位くらいのダンジョンだった気が……確かに焦るのもわかります」
「研究所の所長よりすぐに彼女をダンジョンから呼び戻すようにとの指示です」
「プリシラの力を借りたいってわけね………昨日のあれから考えるとそうなるわよね……プリシラは起きた?」
「今起きました」
プリシラが昼寝をしていた方を見ると起きて両腕を上げて伸びをしている所だった。
「………どうしたの?」
「非常事態なの。高ランクのダンジョンでスタンピードが発生したの」
「………そう」
「そうって!? 今は非常事態なんですよ! どうしてそんなに軽いんですか!」
呼びにきた佐々木が声を荒げる。彼は本当に非常事態だとここに来る前に状況を把握しているため、無表情で答えるプリシラのどうでもいいような反応に彼は激昂した。
だが、プリシラは寝起きで事態を把握していないし勝手に動くつもりもない。さらに結果だけを伝えられた状態でどうするかもまだ聞いていないのだ。佐々木が声を荒げていたがプリシラは無視した。
「………それで恵。どうするの?」
「すぐに戻るわよ。きっとあなたの力を借りたいっていうと思うわ」
「………報酬も貰える?」
「今はそんなことを話す場合じゃない!」
再び佐々木が激昂するが、プリシラは佐々木のほうを見向きもしない。
「佐々木さん抑えてください。彼女は私たちと価値観が違います」
「しかし…」
「佐々木一等陸曹」
「………失礼しました」
階級が上の遥に階級付きで呼ばれて不満気に佐々木は引いた。
そんなことはどうでも良いプリシラは報酬が気になっていた。折笠が答える。
「多分何かしら提示はされると思うけど……研究所に戻って上に聞かないとわからないわ」
「………そう。じゃあ戻る」
「ええ。急ぎましょう」
座っていた草原の地面から立ち上がり再び伸びをするプリシラ。そして折笠に近づき左肩に担ぎ上げた。
「え? ちょっ! プリシラ!?」
「………遥は反対側」
「…私も担ぐの?」
「………うん。急いで戻るならその方が早い」
「せめてお姫様抱っこで………」
「さすがにそれは無理があるわよ」
折笠を抱えていて左腕は塞がっている。すでに抱えられている折笠は気持ちはわかると言いたげに答えた。
遥は渋々プリシラに抱えられた。
「………それじゃあ。捕まってて」
昨日のあの速さを見て知っている二人はその速さを体験する。
「わかってえええええええええええええ!?」
「早すぎ! プリシラ早すぎ! ゆっくりぃぃぃいいいいいいい!」
「え………」
急ぎと聞いて全力で走るプリシラ。二人がこの速さに付いて来れてるかなど気にしていない。そして置いていかれる佐々木だった。
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