第2話 無縁の王子様
新宿での任務があった次の日。
昨日がどんなに血生臭い夜であったとしても、明けない夜はない。今日の空は清々しい青色で一面染められていた。
その快晴の下、
「梅沢さん、教科書二十五ページの三行目から読み上げてください」
現代文の担当教師から指名され、私は席から立ち上がって教科書を読み上げる。
「人は何のために生きているか。それはその意味を見出すためである。私はその言葉を聞いて妙に納得した。何のために生きているのかというのは人それぞれではあるが――」
花の女子高生と言われるくらい、世間一般から憧れの目で見られる女子高生という立場。でもそれは、同性間もしくは男女間で仲睦まじく時間を過ごしているといった、一般に想起される女子高校生の姿をイメージしているからであり、その中には私のような人間もいるということを知らないからこそ言えることだ。
昨日の任務のように、人を殺す職業に就いている私は、その仕事をしながらも女子高生を続けていた。
人を殺すことには勇気や覚悟がいる上、人として大切なことをいくつか失うことにもなる。そのため、それに見合うだけの報酬が支払われており、わざわざ女子高生を続ける必要など一つもなかった。
それでも今こうして通い続けているのは、仕事場の上司のある言葉がきっかけだった。
約一年半ほど前。警察官という職業の新たな一課として、『暗殺課』という特別な部署が誕生した。殺人やそれと同等以上の罪を働く、もしくはそれらを働くと断言できる行動をとった者を、早急にその場で死刑にするのが主な仕事だ。
暗殺課ができた背景には主に二つの要因がある。一つは被害者を大幅に減らすことが見込まれるため。そしてもう一つは死刑に携わる人の数と税金の削減のためである。背景の大部分を前者が占めており、国主導の元で人員を大々的に募集した。
人殺しが実質的に合法になる上に、多額の報酬を得ることができる。そのことに目がくらむ人が全国から大勢現れたが、当然そういう人たちは一切採用されなかった。そんな中で、当時はまだ中学生だった私が採用された。
応募したきっかけは単純だった。あるニュース番組で暗殺課が取り上げられた時のこと。世間で暗殺課という言葉が注目され始めた頃だった。
「暗殺課は今後一般応募という形で人員を募る予定となっていますが、暗殺課に採用されるにはいったいどのような物が必要なのでしょうか」
ニュースのアナウンサーが専門家に問う。
「暗殺課という仕事に最も必要なのは精神力でしょう。人を殺めるということはいけ
ないこと、と人々に根付いている中で罪の意識を持たず、いかに相手に感情移入しないか。また人を殺めてしまった前後で、いかに自分の精神状態を安定に保つことができるか。その二点が重要になると私は考えます。ただ、そのような人間というのは実際にはあまりいない、稀有な存在です。そのため、選考では――」
その専門家の言葉が私の気持ちを大きく変えた。
私は幼い時から感情の浮き沈みが乏しく、周りには面白味のない人間と言われてきた。親せきの人が亡くなった時も、私は決して泣くことはなかった。
決して感情がないわけではない。単にそれが薄く、表情となるとさらに出にくいため、周りの人にそう捉えられることが多かったのだ。
専門家の言葉通り、私のような人間が稀なのはこれまで生きて培ってきた経験で十分理解していた。そんな人間がむしろその性質を重要視され、それが人の役に立つ。とても不思議な気分だった。
私が特別な存在で求められているのなら、自ら進んで手を挙げよう。応募規定に年齢制限の規定はなかったためすぐに応募したところ、程なくして採用通知が届いた。
そうして暗殺課所属の警察官になった、中学三年生の頃。学校には行かず、暗殺課として訓練と任務を繰り返す日々が続いた。
そんなある日。任務の帰り道、ふと通りすがったかつての同級生たちが楽しそうにしている姿を見いていた私に、暗殺課の上司にあたるその人はこう言った。
「いつかあんな風に、日の下に戻る時が来るかもしれない。その時のためにも、学校に行ってみたらどうだ」
そんな助言がきっかけで、暗殺課所属の警察官であることを秘密にしたまま、今はこうして学校に通っている。
五十分間の授業が終わると、二人のクラスメイトがいつものように私の席の元にやってくる。そしてそのうちの一人、茶髪で髪の長い女子生徒が笑顔で話しかけてきた。
「おつかれ~、梅沢ちゃん」
「お疲れ様」
まだ一限目ということもありそこまで疲れてはいないが、話の腰を折らないように返答した。
「やっぱりこの授業、怠いよね~。今時あんなお堅い文章を読んでなんのためになるんだろ?」
「さぁ……」
私は返答に困ったが、なんとか苦笑いを浮かべてやり過ごす。
「ところで次の授業の課題なんだけどさ、やってくるの忘れちゃって……。梅沢さん、借りてもいい?」
もう一人のピンクのインナーカラーが特徴的な女子生徒が、私にそう言ってあるものをせがんでくる。それは、私がやり終えてあとは提出するだけの課題のノートだ。
「仕方ないなー」
私はそう言って鞄の中からノートを取り出して手渡す。すると、
「ほんといつも助かるよ!」
と、彼女は軽くお辞儀だけしてすぐに席を離れていった。
「じゃ、私は先に次の教室行ってるね~」
「うん、分かった」
茶髪の女子高生もその後すぐに私の席を離れていった。
二人が席を完全に離れたのを確認してから、私は机に突っ伏して周りに気付かれない様に溜息をつく。
「何やってんだろ……」
自分のやっている愚かな行為に、心底うんざりしていた。
私は中学までずっと学校では一人だった。正確には私に興味を持つ生徒がいても、すぐに離れていき、気付けば自然と一人になっていた。
周りの生徒たちは、このような集団の中ではやたらと群がりたがる。だから教室では自然といくつかの大きなまとまりができるのだが、私はそのどこにも入っていなかった。
群がりたがるのは自分に自信がないからである。そして何かあったときに、頼れる存在を近くに置いておきたいからだ。そのどちらにも当てはまらない私には、群れる必要性はない。だからこれまで一度もそうしようとはしてこなかった。
そんな中で高校生になった。暗殺課として仕事をやっていく以上、大学に行くつもりはないのでこれが最後の学生生活。そこでふと、あえて群がってみるという選択を取ってみようと思った。そうすることで、私の考えが正しいのかどうか、そして間違っていてただの偏見だった場合、そこにはどんな理由があったのか。それらを明らかにしておきたかった。
その決断をし、私が仮面を被ってから二か月近く経った。結論から先に言えば、やはり私の考えは間違っていなかった。
先程のピンク髪が特徴の女子は、毎度毎度、人の課題ができているのを前提に課題を一切やってこなかった。完全に私に依存していたのである。私は彼女に何かしらで頼ろうとしていることはないのでそれは一方的な信頼であり、このような関係性は私にとって全くメリットがない。
一方の茶髪の女子。彼女は私に毎回のように授業の愚痴や日々のストレスを吐いてくる。心の中で思うだけでなく、口にすることで気持ちを楽にしているのかもしれないが、受け手側である私にとっては何一つ利点がない。
私にとって現代文は最も好きな授業だ。群がる人の立場に立つため、あえて空気を読んだ言動をしたが、そもそも茶髪の彼女とは価値観が大きく異なっている。
自分自身と価値観が近しい人と関係を築くのならいいが、クラスのような狭いコミュニティーでは必ずしもそういう人がいるとは限らない。そんな中で仲のいい集団づくりをしようとすれば必ず誰かに合わせたり、今回のように空気を読む必要が出てくる。
自分の意見を曲げてまで他人に合わせることに、果たして意味があるのだろうか。
私はそこに意味があるとは到底思えない。
以上のことから、私は小さなコミュニティー内での群がりは一切不要なものだと断定した。これ以上考察に時間をかけるのは馬鹿らしいので、次から彼女たちと話す時は全て本音で話すことにしようと思いつつも、それをすると明らかに教室に居辛くなってしまうのである。だから、少しずつ距離を空けて自然に関係を断っていこうと決心した。
* * *
一日の最後の授業が終了し、周りの生徒たちは段々と教室から去っていく。
いつもなら仕事があるので誰よりも早く下校するのだが、今日は久しぶりの非番。そのため偶にはゆっくり帰ろうと、腰を上げた時。
「梅沢ちゃ~ん!」
教室の方から、茶髪の女子が私を呼ぶ声がした。
私はすぐさま彼女の方を見たが、視界に入った隣の生徒へと自然に目線が移った。
「お客さんだよ~」
その彼女の隣にいる生徒は、噂でよく耳にする校内の有名人だ。
そんな彼が私に何の用があるのだろうか。当然、これまで全く面識はないので、呼び出されることに心当たりがなかった。
私は荷物を持って、彼の元へ向かう。さっきまでいたはずの茶髪の女子は、いつの間にかいなくなっていた。
「何か用ですか?」
同い歳と分かっていながらも、あえて敬語で問う。
「ちょっと一緒に来てもらってもいいかな?」
彼はそう言い、目的地も言わずに歩き始めた。私は彼の言う通り、その後ろをついていった。
部活動を行っている生徒たちの声が聞こえてくる。その声は校舎を挟んだ向こう側、つまりグラウンドから聞こえてきている。
私たちがいる場所は、夕方になると日当たりの悪い、校舎の裏側と言われるような場所。学校の敷地と外を仕切るフェンスの間にある、微妙に空いたスペースに連れて来なければいけない用事とは一体何だろうか。
人目につかない場所で行われる可能性の一つには、暴行や脅迫といった卑劣な行為もある。だが、いくら主に射撃で仕事をこなす私と言えども、訓練で学んだ最低限の武術の心得はある。相手が校内一の有名人だろうと、決して忖度や容赦をするつもりはない。
しかし、そんな推測も相手の表情を見て杞憂だと分かった。それと同時に、ここに連れ出した理由が何なのかも予測がついた。
「ずっとあなたのことが好きでした。付き合ってください」
私の直前の予想は見事に的中した。彼の頬の火照り具合がそれを仄めかしていたからだ。
これまで何回か告白されてきたが、私は一度も受け入れたことはない。どの道、私の元からいなくなってしまうのだから、それなら初めから付き合う必要なんてない。そう思っていたからだった。
もちろんそれは、今も同じこと。それに今置かれている状況を踏まえると、相手が誰だろうと告白を受けるわけにはいかなかった。
私は暗殺課所属の警察官になった。認められているとはいえ、人殺しの傍にいることがいいことだとはとても思えない。それにいつかこのことを知れば、どの道私の元を自ら離れていくことも簡単に想像がついた。
とても誠意のこもった告白だと思った。彼は『王子様』と呼ばれるくらい、周りからは慕われている存在で、見かけだけでなくものすごく内面もいいと聞く。彼には私ではない、もっと相応しい人間がきっといるはずだ。
私は即答するのではなく、きちんと考えをまとめた上で告白の答えを出した。
「ごめんなさい」
私がそう言うと、彼はただ悲しそうな表情ではなく、なぜだか苦笑いを浮かべた。
「やっぱり、やっぱりそうだよね」
「……?」
私は彼の言葉に意味が全く分からず、首を傾げた。
「梅沢さんさ、いくつか裏があるでしょ?」
「裏?」
「そう、裏。梅沢さん、友達といるときいっつも浮かない顔してるよね」
そう言って彼は小さく微笑んだ。
対照的に、図星を突かれた私は反論することなく少し俯いた。
「なんでそんな仮面被ってまで、あの女子たちと一緒にいるの?」
何か確信があるかのように彼は言う。その言い方にも驚いたが、彼より近くにいた女子二人よりも先に気づいたことが驚きだった。
彼の確信を得ている様子から、おそらくここで嘘をついて隠そうとしても無意味だろう。私は事実を認めた上で彼に問う。
「……なぜ仮面だと?」
「その様子だと覚えていないのかもしれないけど、前に梅沢さんに会った時と何もかも違って見えたからだよ」
「前に会った……?」
先ほどから何度も過去を思い起こそうとしているが、やはり会った記憶などどこにも見当たらない。
「二年前の学校祭の時。話したの覚えてない?」
「二年前?」
彼に言われて、ゆっくりと二年前の記憶を探っていく。当時はまだ暗殺課所属にもなっていない、普通の中学二年生だった。
「なんとなく、男の人と話したってことだけは覚えてる」
二年前の十一月一日。その日が学校祭のあった日だ。
かなり記憶が曖昧ではあるが、誰か男の人と話したということだけは頭の片隅の残されていた。当時は同性とすらほとんど話さなかったので、男の人と話すとなると相当珍しいことだったはずだ。
「きっとそれが俺。当時、梅沢さんは出店の当番をずっとやらされてて、事情を尋ねたんだよ。そしたら女子たちが仕事を押し付けるだけ押し付けて、遊びに行ったって言うから、代わりに俺が手伝ったんだ」
彼の言葉で、少しずつその時の記憶が蘇ってくる。
二年前の学校祭。当時の私は、群れていた女子たちと関わらなかったために、クラス内で浮いた存在だった。
当日、ある女子生徒が当番制であるにもかかわらず、遊びたいからという勝手な理由で私とは交代せず、出店のテントにもやって来なかった。その女子生徒以降も同様に、交代時間になっても現れることはなく、店を空けるわけにもいかなかったのでそのまま働き続けていた。
そんな中、誰かが突然私の仕事を手伝い始めた。まだぼんやりではあるが、彼の言葉がきっかけでここまでは思い出すことができた。
「あの日さ、梅沢さんが話してたんだよ。小さな集団の中で群れている奴が嫌いってさ。だからあんな風に友達と一緒にいるのを見かけたときは驚いたよ」
驚いたという言葉とは逆に、彼は少し悲しそうな表情を浮かべた。
「でもそこにいる梅沢さんの表情からは、全く楽しそうに見えなかった。それに会話も合わせているようにしか見えなかったんだよ」
「それで仮面を被っていると」
「うん」
実際楽しくなければ学びも刺激もない、無為な時間を過ごしてきた。周りに合わせるように会話して、空気を壊さないように心掛けなければならない、なんとも居心地の悪い環境だった。
「私自身がその立場に立つことで何か知れるかもしれないと思った。でも結局、私はあの環境にいることに何一つ利点を感じなかった。今回のことで再認識したよ」
「……そっか」
彼は何かもの言いたげにしていたがそれを口にはせず、話を進めた。
「もう一つ。俺は梅沢さんが周りに隠していることを知っている」
「もう一つ……」
私が他に隠していること。
それはもう一つしかない。
私は彼が口にしようとしている言葉を悟った。
頭の中が真っ白になっていく。視界は焦点がずれてぼんやり霞んでいく。手と額には、汗が薄っすらと滲んだ。
「梅沢さん、暗殺課なんだよね?」
「……」
これまでずっと暗殺課であることを隠してきた。その職に就きながらも高校生をやっている事実を周りに知られれば、もう高校には居られないと悟っていたからだ。
暗殺課としての任務の際も、サングラスをかけたりしてその辺りには細心の注意を払ってきた。
だから、この学校の人に気付かれていたとは思ってもみなかった。
「やっぱりあの時見かけたのは梅沢さんで間違いなかったんだね」
「……」
誤魔化そうと思ってももう遅いし、ここで嘘をついたところで見破られるのは予想がつく。
私はこの先どうすべきかということで、頭がいっぱいになっていた。
「あ、ごめん……。別に困らせようと思って言ったわけじゃなくて」
「……ううん。別に気にしないで」
私が困っている様子を見てすぐに気遣えるところは、さすが『王子様』といったところだろうか。
「俺は単に、梅沢さんには暗殺課を辞めて欲しいなって思ったから」
「えっ?」
全く見当のつかなかった彼の言葉に、理解が全く追い付かない。
『暗殺課を辞めて欲しい』
誰かにそんなことを言われたのは初めてだったから。
「そもそもどうして梅沢さんは暗殺課になったの?」
もう何を言おうと遅い。だから私は、本当のことを話す。
「私のような、何事にも感情移入しなくて感受性の豊かでない人が向いている職業だからだよ。そんな人間はこの世の中ではごく少数で、暗殺課にはそんな人が求められていた。こんな私にも人の役に立てる仕事があるのならって思って、私は自ら進んで暗殺課の一員になった」
「それが例え、命を失う恐れのある危険な職業であったとしても?」
「誰かがその職業につかなければ、救えるはずの命も救えない。それで仮に命を失うことになるなら、誰にも大切に思われてこなかった人間がやった方がいいでしょ?」
自分で言いながら、自虐的なこの言い方で自分の胸が痛くなっていた。
誰からも求められ、大切にされる人の前で言うべきことでないと分かっている。
でもここまで自分のやってきたことを否定したくなかったから、途中で言葉を止めようとはしなかった。
「私が死んでも誰も悲しまないよ」
実際に、最も身近な存在である私の親は、暗殺課になることには賛成だった。私が暗殺課に応募して採用されたことを伝えると、
『あんたみたいな子がやるべき仕事だ』
と言って、むしろお母さんは喜んでいるようだった。きっと普通の親は、命を落とす危険性を危惧して絶対に止めさせようとするはずなのに。
一番身近にいる人間がそう思っているのなら、それよりも遠い他の人たちだって同じだ。だから悲しむ人なんてどこにもいない。
「だから……」
私が言葉を続けようとした瞬間。
彼は何も言わず私を強く抱きしめた。あまりに突然の出来事で私は目を丸くした。
「ここにいる」
「え……?」
囁くように彼は言った。
そして。
「悲しむ人ならここにいる!」
「っ!?」
今度は胸に刻み込むように強く言い放った。
その彼の身体は小刻みに震え、声もどこか湿っぽかった。
「確かに梅沢さんは暗殺課として人の命を救ってきたかもしれない。命を救うことの素晴らしさは分かっているから、これまで梅沢さんのやってきたことを否定するつもりはないよ。でもこれからは違う。梅沢さんが死んだら悲しむ人が、ここにいる」
生まれて初めての感覚だった。
私が死んだら悲しい。それはつまり私を大切に思ってくれているということ。親にも大切にされてこなかった私は、こんな温かい気持ちがあることを知らなかった。
彼の体温を近くに感じる。その温かさと同じくらい、彼の気持ちは温かく感じた。
「だから、暗殺課なんて辞めて欲しい」
私の中で、暗殺課を辞めることは過去を否定することだ。今までやってきたことが間違っていたと認めることになる。
だから私は彼の言葉を聞いても、これまでのことを間違った選択だとは思えなかった。自分が求められる場所で求められていることをする。世の中の大半の人たちがそうしているように、それは正しいことだと思う。
私は静かに彼を引き離すと、きちんと彼の目を見て言う。
「それでも私は暗殺課を辞めるつもりはないよ」
「どうして……」
「私にしかできないことだから」
暗殺課には他にも人がいる。でも今の私の立ち位置はきっと私にしかできない。それが自分で理解できているから、辞めるという選択肢をとることはできない。
「だから、ごめんなさい」
私は告白の回答と重ねた謝罪の言葉を口にして踵を返し、校舎裏を後にした。
その際、彼は後ろから止めようとする声をかけることも、追いかけようとすることもなかった。
去り際、一瞬だけ見えた『王子様』とかけ離れた悲しげな表情は、その日中頭から離れようとはしなかった。
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