第5話 友達の恨みを晴らす

次の日になって私が抱いていた一抹の不安は最悪の形で的中してしまった。

学校で休み時間に何気なしに、LINEのニュースを見た私と朋花、日向は固まった。

『深夜の路上で女子高生重体』記事を読むと被害者は麻美だった!

「なにこれ!?」

「マジなの!?」

日向と朋花がスマホ画面に釘付けになる。

私はニュース動画を検索した。

どこの局も詳しい内容は報じていない。

ただ、麻美が担ぎ込まれたと思える病院が画面に映っていた。

ここに麻美がいるんだ!

「私、行ってくる!」

「唯愛、私も行く!」

「私も!」

「二人はここにいて!私が行くから!お願い!」

朋花と日向を宥めた。

「でも…」

「必ず連絡するからさ!お願いね!」

「唯愛!」

二人を後に教室を飛び出す。

麻美はきっと口封じのためにやられたんだ!

だとしたら奴等の仲間が病院を見張ってるかも!

朋花や日向まで目をつけられちゃう可能性がある。

それは避けないといけないと思った。

病院に向かう間、私の胸は心配と不安で押しつぶされそうだった。

重体って……

麻美はどんな状態なんだろう?

やっぱり私も一緒に行けば良かったんだ。

ヤバイとか思いつつ、お気楽に考えすぎてた。

ちくしょう……!!



病院に着くとマスコミがたくさんいるかと思ったが、予想外に静かだった。

病院の受付で麻美の病室を確認する。

個室だった。

「麻美!!」

病室に駆け込むとベッドには目と喉に包帯を巻いた、麻美の痛々しい姿があった。

胸が押しつぶされそうになる。

「あなた……だれ?」

ベッドの横にいた女性が立ち上がって、私に聴いてきた。

麻美のお母さんだろう。

「わ、私…麻美さんの友達で……九龍唯愛といいます」

すると私の声に反応したのか、麻美がベッドの横を叩いた。

「どうしたの?」

母親が聞くと麻美はうなずいて、人差し指を立てる。

母親は麻美の指に掌をあてがった。

そうか…声が出ないから!!

急に涙が出そうになる。

「九龍さん?」

「は、はい」

「麻美の母です。せっかくお見舞いに来てくれたのに、ごめんなさい。麻美はまだ大変な状態だから」

すると麻美がまた母親の袖を引く。

さっきと同じように掌に指で書く。

母親は麻美になにか小声で言うと私の方を向いた。

「麻美があなたと二人になりたいって言うから……なにかあったらすぐに呼んでください」

「はい…すみません」

お辞儀すると母親は病室から出て行った。

「麻美……」

目と喉を潰されて、こんな姿になるなんて……

麻美の横に行く間の僅かな距離を歩くのに、ふらふらと力が入らない。

「どうしたの?なにがあったの…?」

麻美の指が震えてる。

私が掌をあてると信じられない言葉が書かれた。

「レイプされた…そいつらが目や喉も!?」

麻美が震えながらうなずく。

なんて極悪非道な!!

「誰に…?誰にやられたの!?あんたをこんな目に合わせた奴を教えて!」

指が動く。

私は麻美が指で書く文字を声に出した。

「ホ…ス…ト…み…ん…な…あのホストクラブの連中だね!」

うなずく麻美はさらに指を動かした。

「け…い…じ…む…ら…さ…わ…刑事、村沢?あなたが会うと言ってた刑事の名前!?」

麻美がうなずく。

「警察に話した?」

私が問うと麻美は「信用出来ない」「恐くて言えない」と書いた。

そうだよね……麻美は刑事を信用して会いに行って、こうなったんだから。

「わかった!ホストクラブの奴等と村沢、こいつらが!こいつらが、あんたをこんな目にあわせたんだね!」

麻美の指が動く。

み……な……み

「美波もこいつらに!?」

麻美はうなずいた。

そしてうなずいた後に体を震わせはじめた。

指先もわなわなと震えてる。

麻美は泣いていた。

歯を食いしばり、体を震わせて。

私は麻美の手を力強く握った。

麻美の悔しさ、怒りがまるで私にも伝わってくるような気がした。

麻美の指が震えながら何かを空に書いている。

「なに!?なにを言いたいの!?」

私は麻美の指に掌を添えた。

「く…や…し…い」

悔しい。

麻美は何度も「悔しい」と私の掌に書く。

「悔しいね……私も悔しいよ」

許せない…!!

絶対に許せない!!!

「麻美!私に任せて!」

麻美がピクっとして私の方へ顔を向ける。

「あなたの悔しさ…美波の恨み…全部あいつらに償わさせるから!!私が必ず、必ずあなたたちの恨みを晴らすから!!」

すると私の掌に麻美が字を書いた。

「ありがとう」と。

そしてニッコリと口元を綻ばせた。

あいつらが受ける罰は、たかだか牢屋に何年入ってれば償えるようなもんじゃない。

なら一つしかなかった。

あいつら一人残らずぶっ殺してやる!!

戻ってきたお母さんに挨拶すると、病院を後にした。

さあ、どうする!?

決まってる。

まずは家に帰って、包丁でもなんでもいいからバッグに詰めてホストクラブに行く。

そこで、あいつら血祭りだ!

残りの刑事は、警察署まで行って呼び出して、どんなことをしても殺してやる!

駅まで歩く間、私の中で怒りが沸騰していた。

お腹がムカムカして吐き気がするくらい怒ってる。

そんな状態で歩いていると、ふいに腕を掴まれた。

「なんだよ!?」

カッとして相手を見る。

「烈…」

私の腕を掴んだのは制服姿の烈だった。



「ちょっと来い」

「なに!?」

「いいから来い!」

反発する私を烈は強引に引っ張って、誰もいない路地裏に連れ込んだ。

「どうする気だ?」

「どうするもなにも、あいつら全員ぶっ殺してやるんだよ!!」

私は烈に、麻美から聞いた話を全て話した。

そして麻美の無念と恨みを。

烈は黙って最後まで聞いていた。

そして私が全てを語り終えると口を開いた。

「おまえ一人で相手を全員殺せると思ってるのか?」

「さあね。でもやるよ!このままじっとなんてしてられない!私の血が騒ぐんだよ!あんな非道を許しておけるかって!!」

「止めとけ。逆に殺されるぞ。警察に全部話した方がいい」

「麻美は望んでないんだよ!私が言ったら首を振った!警察なんか信用出来ないって!そして〝悔しい″って私のこの掌に書いたんだよ!何度も何度も!あの子が望んでるのは友達の美波の恨み、自分の悔しさを晴らしてほしいんだよ!」

「どうしてもやるのか?」

「やる!!」

私は烈をにらむように見返しながら答えた。

「なら、俺が手伝ってやる」

「えっ…マジで言ってるの?」

「ああ」

「なんでよ?あんた、お金払わなきゃ動かないんだろ?前に私に言ったじゃん!」

「だからおまえが、唯愛が俺に頼め。確実に友達の無念を晴らしたいならな」

「私が……」

「例外的に出世払いにしといてやる。どうだ?頼むか?」

烈が私をまっすぐ見て聞いてきた。

その目は冷たいけど、底には熱を感じる。

烈も私と同じように怒ってるんだ……

あいつらに。

「私もやる!私も仲間に入れて!」

「はあ?」

「だって許せないんだよ!だから…だから!お願いします!」

私は烈の顔をまっすぐ見てから頭を下げた。

「……わかった」

「ありがとう……」

「ただし、おまえに人殺しはさせない」

「えっ」

「俺と一緒に行くことは認めるが殺すのは俺だ。おまえは見届けるんだ。いいな」

「わかった……」

うなずく私に烈がハンカチを差し出す。

あっ……いつの間にか泣いてたんだ。

改めて礼を言うと涙を拭った。

自分でも気が付かなかった。

感情が昂って涙があふれていたことに。

「今日は帰るぞ」

「わかった……いつやるの?」

「明日。客がいると邪魔だからな。開店前にやる」

「刑事のやつは?」

「そいつも考えてある。ゴミは一箇所にまとめた方が効率良いからな」

烈は私が麻美たちの恨みを晴らす手伝いをすると言った。

その一言で、沸騰していた私の怒りは収まった。

私と烈は電車に乗り、地元に帰った。

駅に着くといつもの公園に寄った。

「明日、四時に歌舞伎町でな。制服はまずいから私服で来い。場所は後で知らせる」

「わかった」

「じゃあな」

「待って!」

烈が振り向く。

「なんで私が病院に行くのを知ってたの?」

「あのニュースを見たからな。唯愛が見たらきっと飛んでくると思った」

「凄いや……なんでもお見通しなんだね」

「危なっかしくて見てられねえんだよ」

「ありがとう」

私が頭を下げて礼を言うと烈はなにも返さずに歩いて行った。



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