第45話 おまけ・後日談(3)

 僕はもう、どうしていいのかぜんぜんわからなくなった。


 ジェシカさんにまた会えた安心感と、彼女が今、僕にしようとしていることへの羞恥心と、桐庭さんがいない間にこんなことをしていいのかという罪悪感が入り混じって、僕の頭は完全にパンクした。


 ジェシカさんはそんな僕の葛藤なんかおかまいなしに(たとえ知っていてもやめてくれるはずもないけど)、冷たい指先をどんどん南下させた。

 また僕の耳もとに、甘いささやき声が聞こえてきた。


「手がいいか? あるいは店主殿はお口のほうがおのぞみか?」


「ほ、本当に…こ、こういうことは…やめてください…あっ。」


「店主殿のここはやめてほしくはなさそうだがな。」


 ジェシカさんはクスクス笑いながらこんどは僕をあおむけにさせると服をめくり、胸、腹、腰に口づけをしつつ頭をどんどん下げていった。僕はもう、なんだか現実と非現実の区別もつかなくなってきた。

 僕は最後の力をふり絞り、下の下着のゴムを押さえた。ジェシカさんはそんな僕のむなしい努力をあざ笑った。


「ふふふ、あんな愛の告白をしておきながらなぜ今さらあらがうのだ? 焦らされると余計に罰を与えることになるぞ。」


「だって…あれは罠じゃないですか。」


「そうでもしなければ、店主殿は本心を明かさぬであろう。」


 ジェシカさんは僕の腕、手の甲に唇をつけ、舌をはわせた。それだけで、僕のささやかな抵抗はあっけなく突破された。


「ああ…せめてシャワーを…。」


「だめだ。これは罰だと申したであろう。ふふふ。」


 ジェシカさんは躊躇なく僕の下の下着のゴムに手をかけた。僕はそれだけでもはや限界だった。


「だ、ダメです。それ以上触れたら…もう…。」


「まだゆるさぬ。噛むぞ。」


「ほ、本当にダメなんです。」


「仕方がないな、では思いきり私の顔に…。」




 ジェシカさんは急に動きをとめた。




「また私の邪魔をするのか、キリニワカリン?」


「いいわよ、どうぞ続けて。ここでずっと見てるから。あたしも興味あるし、そーいう時に葵がどんな風になるのかをね。」


 全く気づかなかったけど、部屋には桐庭さんがいたのだった。僕は彼女の声がしたほうになんとか顔を向けた。


「桐庭さん…まさかずっと見てたの?」


「途中からね。ねえ葵、ひょっとしてわざとなの? クセになっちゃった? 油断にもほどがあるよ。」


 黒いタンクトップの桐庭さんはどでかいボウガン(おそらく軍用のやつ)を構えながら器用に肩をすくめた。口調はおだやかで無表情だったけど、目がめちゃくちゃこわかった。


「クローゼットが見つかったから帰ってきたんだけど、まさかこんなことになってるとはねえ。」


「ご、誤解なんだ。」


「誤解ねえ。」


 桐庭さんはこっちにピッタリと狙いを定めながらも声音はどんどん低くなっていった。


「じゃ、さっきの葵の絶叫も誤解なわけ?」


「そ、それは。」


 どうやらボウガンの矢はジェシカさんじゃなくって僕を狙っているみたいだった。僕は必死で正気を保とうとした。ジェシカさんは深いため息をついた。


「あさはかな。そんなものがこの私に通用するとでも思っているのか。」


「あんたを狙ってなんかいないわ。」


「もしも店主殿を傷つけるのなら、貴様はもう朝日を見ることはないだろうな。」


 ジェシカさんの声が途端に険しくなったけど、桐庭さんも負けてはいなかった。


「まず服を着てから言いなさいよ。」


「ふふふ。この私の体に見とれておるのか。満足するまで見るがいい。」


「はあ。どこもかしこもぺったんこじゃない。どこにみとれるってのよ?」



 ジェシカさんが桐庭さんに飛びかかり、僕は目を背けて頭をかかえて現実から逃避した。



 そのあとはしばらく、どったんばったんという激しい音や、なにか布を破くような音が聞こえてきた。僕は直視する勇気がなくて、そのあいだずっと両手で頭を抱えて目を伏せていた。

 ようやく静かになったとき、僕はおそるおそる顔をあげた。



 僕のあごが落ちるのと同時に、部屋のドアが蹴り破られた。


「ほんっとにもう! いいかげんに静かにして下さい! 眠れないです! ユリは本気で訴えますよ!」


 睡眠を妨げられたユリさんは人格が激変するのだけれど、今夜は本当にキレていて手には刺身包丁を持っていた。


 ドスン。


 これはユリさんが包丁を落とした音だ。包丁は床に刺さって垂直に立っていた。


「な、なにをしてるんですか? ジェシカさんとカリンさんは?」


 僕は自分で自分の見た光景が信じられなかったけど、ありのままに言うと…。


 ジェシカさんと桐庭さんはお互いになんにも服を着ていない姿で、かたくかたく抱きしめあっていた。その様子は、なんだか現実離れしていて、美術館に展示しているたいそう古い宗教画みたいだった。

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