第43話 おまけ・後日談(1)


「このお花、ちょうだい!」



 小さな子どもがバラを一本もって僕にかけよってきた。僕はしゃがみこんでバラを包装紙でつつんで渡し、その子が差し出した硬貨をうけとりエプロンのポケットにいれた。



「ありがとう。お部屋にかざるの?」


「ううん! おともだちにあげるの!」



 その子は嬉しそうにして、庭に走って戻っていった。僕は立ちあがり、まわりをみまわした。カフェコーナーはお客さんでにぎわっていて、桐庭さんとユリさんが忙しそうに動きまわっていた。

 庭ではジェシカさんと、お客さんの子どもたちが遊んでいた。


 ジェシカさんは魔法でシャボン玉を出したり、空中に絵を描いたりして大人気だった。彼女は手品が得意で外国から来た人、ということになっていた。耳は特殊メイクという苦しい説明をしていたが不思議と通用していた。

 僕は庭に出て、ジェシカさんの魔法をぼんやりと見ていた。子供のひとりが不思議そうに彼女を見あげた。


「あれ? ジェシカおねえちゃん、なんでお顔が赤いの?」


「うむ。好きな相手に見つめられたら、赤くなるのだ。」


 ジェシカさんは魔法をとめて僕にちかよってきて、腕を組んできた。


「それが恋人ならなおさらだ。」


「えーっ!? ジェシカおねえちゃんとあおいおにいちゃんはこいびとどうしなの!?」


「うむ。それに、私と店主殿はもうすぐつがいになるのだ。」



 子供たちは騒然となり、僕たちのまわりに集まっていっきに盛り上がりはじめた。



「じゃ、けっこんしきをしようよ!」


「わーい! けっこんしき!」


 僕は苦笑いをして、騒ぐ子どもたちをとめようとしたけどジェシカさんが僕の耳にささやいてきた。


「店主殿。まさか忘れてはいまいな。店主殿は私を選ぶと言い、両親に紹介せよとまで言った。」


「いや、忘れてはいないけどあれは…。」


「にもかかわらず、店主殿は私を置いてこの世界に帰ってしまった。その上、キリニワカリンといやらしいことをしようとしておったな?」



 僕は本能的に命の危険を察知して、カフェコーナーに助けを求める視線を送ったけど、桐庭さんもユリさんも忙しすぎてこっちに気づいていなかった。



「ジェシカさん、ひょっとして、怒ってる?」


「あたりまえであろう。あれからずっと怒っている。」


「ジェシカさん、誤解があるみたいだけど…」


 ジェシカさんは細い人差し指で僕の口をとじると、耳にふれそうなくらいに唇を近づけてきた。


「誤解は今夜、私の部屋でゆっくりと朝までいっしょに解きあかそうではないか。店主殿。」


「それは…。」



 僕はなにか言おうとしたけど、ジェシカさんは身をひるがえし、回りながら呪文を唱えた。すると、庭全体に小さな光が降りそそぎ、あっという間に木々には花が咲き、花壇は植えたばかりのはずの花の苗が全て蕾をだし、みるみる花びらを広げた。



「うわあ、きれい!」


「ジェシカおねえちゃんの手品すごい!」


 庭全体に大小さまざま花が咲きみだれ、庭は瞬時に花畑になり、僕たちは甘い香りにつつまれた。カフェのお客さんたちも庭の異変に気がついて、歓声をあげた。

 

 桐庭さんもユリさんも仕事の手をとめて目をまるくしてこちらを見ていた。



「これが私と店主殿の婚礼の儀だ! 皆も祝福してくれ!」



 ジェシカさんは庭のまん中で手をあげて高らかに宣言をした。

 まわりでは子供たちもお客さんも一斉に拍手して大もりあがりだったけど、僕はあたふたするしかなくって、桐庭さんとユリさんにもう一度、助けを求める視線を送った。


 ユリさんもなぜか子どもたちといっしょに拍手をしていて、喜んで僕たちを祝福している様子だった。

 桐庭さんは静かに庭におりてきて、ジェシカさんの前に立った。彼女の無感情な表情がかえって怖すぎた。僕はまた殺しあいが始まるんじゃないかとハラハラしながらかたずを飲んで見守った。


「なんだ、キリニワカリン。そなたも祝福してくれるのか?」


「するわけないでしょ。あんたは早く異世界にもどりなさいよ。いったい、いつ帰るのよ。」


「クローゼットを壊したのはそなたではないか。もう忘れたのか? やれやれ、胸だけではなく脳も小さいようだな。」


 その瞬間、桐庭さんのまわし蹴りが炸裂したけど、へし折られたのはジェシカさんの首じゃなくてかわいそうな庭木だった。


「クローゼットはもうひとつあるんだから!」


 桐庭さんは、エプロンを外して地面にたたきつけるとあっという間に走り去ってしまった。



 その夜。



 僕は勇気をふりしぼり、ジェシカさんの部屋の前にいた。大切なことを曖昧なままにはしない、優柔不断は死を招く…僕は異世界で学んだことをいかして実行する決意をしたのだった。


 僕は深呼吸をしてから、彼女の部屋の扉をノックした。

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