第39話 王さまの言うとおり

 僕たちの命は今、王さまの判断次第だった。


 衛兵に急かされながら、僕たちは広大な別荘の長い長い廊下をあるき、階段を登った。

 ジェシカさんと桐庭さんのふたりは意外とおとなしくしていて、どうやら魔法は使えなくされているようだった。


 桐庭さんは窓から見える美しい湖面を見てためいきをついた。


「せっかく湖水地方に来たのに、泳ぎたいなあ。衛兵さん、どこかで水着を売ってない?」


 ジェシカさんと桐庭さんのふたりをチラ見していた衛兵のおにいさんは、困ったように愛想わらいをした。

 桐庭さんはさりげなく僕の腕に手をそえてきて、僕は彼女の水着姿を想像してしまって頭がクラクラした。

 それを見たせいか、ジェシカさんも僕の腕をひっぱってきた。


「私なら水着などいらぬぞ、店主殿。」


「それ、反則じゃない?」


「あの、静かにしてください。着きましたので。」


 衛兵が困った様子でふたりを注意してから、扉に向かって姿勢を整えた。


「国王陛下! ハナヤ・アオイ以下三名を連れてまいりました!」


 僕は扉の前で待ちながら、やっぱりなにか大切なことをひとつ忘れているような気がしたけど思い出せなかった。




 両開きの扉が重々しく開いて、僕はドキドキしながら中に入った。


(王さまってどんな人なんだろう。)


 僕はなんとかふたりの死刑だけはやめてもらえないか、王さまにお願いするつもりだった。元はといえば、すべて僕がまねいたことだったからだ。


 部屋の中は広いけどうすぐらくて意外と質素で、中ほどに天蓋がある大きなベッドがあり、四隅に青い制服の衛兵が立っていた。

 天蓋の中に人がいる気配はあったけど、レースのカーテンが下ろされていたので王さまの顔はよくわからなかった。

 僕たち3人は、ベッドから離れたところにひざまずいた。


 僕はぶあついカーペットに頭をこすりつけた。


「王さま! どうか、桐庭さんとジェシカさんを死刑にしないでください! お願いします! もしどううしてもダメなら、僕を死刑にしてください!」



 しばらくしてもなんの反応もなくて、僕はおそるおそる顔をあげてみた。左右を見ると、ジェシカさんと桐庭さんはふたりともびっくり顔で僕を見ていた。


「葵、意味わかって言ってる? 死刑って、ものすごく痛いんだよ?」


「店主殿、自虐すぎだ。ちょっとひくぞ。」

 

 僕は急に恥ずかしくなってうつむいてしまった。衛兵が天蓋に向かってなにかをささやいた。


「えっ? なんじゃて? ぜんぜん聞いてなかった。もっかい言ってくれんかの?」


 しわがれた声が聞こえてきて、僕は前半部分だけをくりかえした。


「死刑? はて、誰がそんなことを?」


 声の主はしきりに考えこんでいる様子だった。僕は緊張がとけて安心しかけてしまった。


「そういえば、さっきも誰かが陳情に来たの? かわいいコじゃったわい。しかもムネがまたこれが、わははは。」


「陛下!」


 衛兵がせき払いすると、声の主は沈黙してしまった。ジェシカさんの舌うちが聞こえて、彼女がイライラしはじめたのが僕にはわかった。


「はやく沙汰を言え、人間の王よ。この姿勢、だるい。」


 ジェシカさんの暴言に衛兵が青くなったときに、部屋の扉が乱暴に開いた。


「そんなひどい人たち、厳罰にしてください!」


 


「ユリさん!?」


 僕はおもわず立ちあがりかけて、衛兵に怒られてしまった。

 扉から飛びこんできたユリさんはやたら豪華なドレスを着ていて、髪には宝石だらけのティアラをつけていた。

 ジェシカさんが険悪な顔で立ちあがった。


「ちょっと待て! この待遇のちがいはなんだ!」


「あたしも同意見!」


「いや、かわいいし、ムネも大きいからのう。」


「人間の国はムネの大きさが全てか!?」


 ジェシカさんは怒りのあまりか瞳孔が丸く広がって、僕はあまりの恐ろしさに腰がぬけてしまった。


「どう思う? キリニワカリン殿?」


「いや、あたしはあんたよりはあるから。」


「そんなに変わらぬではないか。」


 ユリさんはベッドのかげに隠れようとしていた僕をひっぱって引きずり出した。


「店長さん! ユリのこと、忘れてたでしょ! ひどい! ユリはゆるしません!」


「ユリさん、落ちついて。いったいここで何をしているんですか?」


 僕はユリさんに他にも聞きたいことがあったけど、衛兵のおにいさんが僕の肩をつっついてきた。


「あの、ユリさまにタメ口はやめて頂けますか?」


「え?」


「ユリさまは食客待遇なのです。」


 衛兵の言うことはわけがわからなくて、僕はユリさんを問いかけるように見つめた。


「店長さん、そんな目で見てもユリはゆるしませんよ。そこのふたりも!」


「この私がユリ殿を忘れるわけがなかろう。」


 ジェシカさんは立ちあがり、ゆっくりとユリさんへ近づいていった。そして左手でユリさんの手をとり、右手を腰にまわして引きよせた。

 僕は目を伏せたけど、桐庭さんはその光景に目が釘づけだった。


「ジェシカさん…。」


「ユリ殿、会いたかったぞ。」


 ふたりはかたく抱きあって、そのままお互いに体をあずけあっていた。

 桐庭さんが僕にちかよってきた。


「ねえ葵、あのバカエルフは両方いけるの?」


「しらないよ…。」


 僕はなげやりな返事をしたけど、天蓋の中の王さまは激しく反応していた。


「すばらしい! 異種族同士の熱い友情に、ワシは感じいったぞ!」


「あれって友情なの?」


「さて、本題に入ろうかの。」




 全員が再びひざまずくと、あいかわらず顔が見えない王さまは何か紙を読みながら話しているようだった。


「むむう。報告は全てワサビンカから聞いておる。お主らを罰するのは簡単じゃがな、それではなにも解決せぬ。」


 王さまの口調が変わり、すこし威厳がでてきた感じだった。僕は黙って頭を下げたままで聞き続けた。


「裁判所での戦闘で国内の戦争派貴族は沈黙し、処刑場の戦いの勝利で新帝国の戦争派貴族は力を失った。森エルフのジェシカ殿、心から礼を言おう。」


「はっ。」


 ジェシカさんは優美な所作で王さまに完璧な礼を返し、まるで騎士のようだった。


「ふん。外面だけはいいんだから。」


 桐庭さんが小さく毒づいたけど、おそらく耳の良いジェシカさんには聞こえていたにちがいなかった。


「しかし、平和の種を燃やしてしもうたから、死刑!」


「え。」


 さすがのジェシカさんもその場でかたまってしまい、桐庭さんはお腹をかかえて笑いはじめた。


「きゃはははは! バカエルフ、死刑だって! さんざん葵をいじめたバチね! きゃはっ。」


「そこで笑っとる異世界人のキリニワカリン! そなたも死刑じゃ!」


「あ。」


 桐庭さんも凍りついてしまい、僕は再び王さまに向かって土下座をした。


「王さま! すべて僕が悪いんです! 死刑なら僕を…」


「では、お主も死刑じゃ!」


「へ?」


「ついでに、ユリちゃんも死刑!」


「ユリも? なんで?」



 僕たちは4人ともその場から動けなかった。まさかこんなかたちで終わるなんて、僕は頭の中が真っ白になってしまった。



「店主殿! どうせ死ぬなら今ここで!」


 ジェシカさんが僕に飛びかかってきて、いとも簡単に僕はフカフカの絨毯の上で押さえこまれてしまった。


「た、たすけて! 衛兵さん!」


「遠慮しときます…。」


 代わりに、桐庭さんが助走をしてジェシカさんに強烈な体当たりをした。


「かはっ。」


「葵、本気で抵抗しなさいよ! まさかクセになっちゃったんじゃないよね?」


「ち、ちがうよ!」


 ジェシカさんは転倒から体全体をしならせてはね置き、床に着地した。彼女と桐庭さんが両の拳を構えてファイティングポーズで対峙したとき、天蓋の中から手を打つ音が聞こえてきた。


「やめんか! まったく、ハナヤ・アオイは罪なやつじゃの。お主に問おう。いったいお主はその3人のうち、誰を選ぶのじゃ?」


「それは…。」


「お主が選んだ者だけを許してしんぜよう。ほかの者は死刑じゃ! さあ、どうする?」


「ぼ、僕は…。」



 王さまの無理難題にどう答えるか、僕は必死で考えた。

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