第33話 彼女は太陽だった


「さて、着くまですごろくでもしますか。」



 檻の中のコナさんは意外と元気そうで、のんきだった。どうやら空腹で寝ていただけらしかった。

 

 僕とジェシカさんは移送隊の護衛である王国騎士団にあっけなくつかまり、コナさんといっしょの馬車上の檻に放りこまれてしまった。


「コナお姉さま、申し訳ない。」


「ジェシカ、来てくれただけでも嬉しいですよ。なにせ退屈で退屈で。」


 コナさんは嬉しそうにサイコロをふり、床に描いたすごろくの上の駒をすすめた。


「ハナヤさん、なにか食べ物を持っていませんか?」


 僕は申し訳なさそうにして、手にした野草をコナさんに差し出した。


「食べられそうなのをとっさに抜いてきました。」


「さすがジェシカの恋人、なかなかやりますね。」


「ちがいますってば。」


「ところでキリニワ氏は?」


「姿を消しました。」



 僕にウインクをして、彼女は林の中に消えていってしまっていた。その背中は、なんだか疲れているようにも見えた。



「なるほど。」


 コナさんは野草をかみながら、何かを考えている様子だった。粗末なポンチョのような囚人服からは彼女の完璧なラインの脚がまるみえで、僕は目のやり場がなくてうつむいてしまった。


「ハナヤさん。」


「はい?」


「いま、私の脚をみましたね?」


「み、見てません! 見てませんってば!」


「店主殿、いやらしい。」


 ジェシカさんが僕を非難する目つきでにらんできて、僕は背中にいやな汗を感じた。


「冗談ですよ。それにしてもまずい状況ですね。」


「コナお姉さま、隙をついて皆で逃げればいいだけではないか。」


「ことはそう単純ではありません。」



 コナさんは真剣な顔つきになり、床に石でなにやら絵を描きはじめた。


「この中央大陸には3つの大きな勢力があります。我々森のエルフ、王国、新帝国です。」


 コナさんが語ったまずい状況の話とは…。



 3つの勢力は、過去の王国と帝国との大戦乱のあとは絶妙のバランスで現在まで共存していた。エルフは常に永世中立をつらぬき、王国と新帝国は対立はしていたが全面戦争には発展しなかった。


 ところが、今回の一件でそのバランスが崩れそうになっているらしい。



「花の種くらいでそんなことに?」


「いわば薄氷の平和だったのですよ。口実さえあれば、戦争をしたい人たちは勢いづくものです。」


「まったく、人間族とは戦が好きなのだな。」



 コナさんが移送隊の王国騎士たちの雑談を聞いて知ったのは、既にちいさな戦いが始まってしまっているらしいということだった。


「つい最近、新帝国のごく少数の特殊部隊がエルフの森をむりやり通りぬけて、王国の辺境の砦に奇襲攻撃をしかけたらしいのです。その時にどうやら、森の一部がひどく焼かれたらしいですね。」


「エリゾンドさんが言ってた話だ!?」


 ジェシカさんは難しい表情でじっと何かを考えているようで、無言でコナさんの話に聞きいっているようだった。


「当然、王国は激怒して、戦争派の貴族たちが戦いの用意を着々と進めているようです。しかも、森を焼かれた私の両親も激怒していて、どうやら森のエルフは王国側につくようです。つまり、世界の力のバランスが崩れようとしているわけで…聞いていますか、ジェシカ?」


 コナさんがサイコロをジェシカさんに投げつけると、彼女は手でそれをうけとめた。


「起きてますよ、たぶん。」


「さて、どうでしょう。」


 僕とコナさんが静かにすると、ジェシカさんの低いいびきが聞こえてきた。どうやら彼女はまったく聞いちゃいなかったようだった。


「店主殿…ダメだぞ、姉さまの前でそんなところを…いやん…」


「なにか良い夢をみているみたいですから、そっとしておきましょう。」


「起こしましょうよ!」


 コナさんは苦笑いして、僕の手をとった。


「コナさん…?」


「あんな妹ですが、よろしくお願いします。あの妹をうけとめられるのは世界にひとり、ハナヤさんしかいません。」


「そ、そんな…。」


「そして、戦争をとめられるのもハナヤさん、あなたしかいません。」


 僕はその言葉に驚いて、思わずコナさんの手を離そうとしてしまった。

 でも、彼女は離してくれなかった。


「聞いてください、両国王は本音では戦争などしたくはないのです。ですが、両国の戦争派の貴族たちはそれなりに力を持っていて、王でさえもおさえこむのが難しいのです。」


「僕になにができるのですか?」


 コナさんはさらに手に力をこめてきた。僕はジェシカさんが起きやしないかとビクビクしていた。


「一刻もはやく、キリニワ氏から平和の花の種をとりもどして、花畑を甦らせるのです!」


「そんなことでいいのですか?」


「そうすれば、まず私の両親の怒りは解けるでしょう。エルフの加勢がないとなれば、王国も戦争はためらうはずです。加えて、新帝国の反戦派の貴族ももり返すでしょう。」


 僕は、難しい国際問題みたいな大きな話に巻きこまれている自覚がまるでなかったけど、コナさんの話を聞いて責任の重さに倒れそうになった。


 しかも…。


 手を握りあっていた僕とコナさんを、いつのまにやら目を覚ましたジェシカさんが氷のような目で見ていた。


「私の目の前で、よりによってコナお姉さまに手をだすとは! 覚悟はよいか、店主殿。」


「こ、これは弁解しても無駄なパターン!? コナさん、ちがうとかなんとか言ってください!」


「ジェシカ、きいて! いやがる私の手をハナヤさんが無理やり…。」


「コナさん! ニヤニヤしながらなにを言うんですか!」



 結局、僕の主張はジェシカさんには認められなかった…。




 王国の中枢である華やかな王都に着いても、僕の心はぜんぜん晴れなかった。大通りを歩く人たちはものものしい僕たちの移送隊を見て、なにごとかと目を丸くして見ていた。

 滅多に見ることのない、それもこの世の者とは思えない美しいエルフがふたりも乗っているのだから当たり前だった。


 僕は檻の中でずっと、花の種を桐庭さんからとりもどす方法を考え続けたけどさっぱりわからなかった。

 いや、僕がひとこと桐庭さんに言えばすむ話だってことはとっくに僕にはわかっていた。



「もとの世界に戻るから、種を返して。」



 でも、それだけは言うわけにはいかなかった。なぜなら、僕の居場所はもう既にこの異世界で、元の世界になんか僕のいる場所はないからだった。

 戻っても、そこには僕を必要としない人たちばかりがいる世界だった。


 たったひとり、桐庭かりんさんをのぞいて。



 どうして、彼女はそうまでして僕に戻ってほしいのだろう?

 彼女のような人こそ、元の僕の世界で必要とされている人間だと僕は思う。



 王城に入ると僕はジェシカさんやコナさんとは引き離されて、別の檻に入れられてしまった。心細くてこわくて、僕はたまらなくジェシカさんに会いたくなった。

 いつしか僕は、檻の隅で身を丸くして眠ってしまったようだった。

 



 また校舎裏の花壇の前に僕はいた。手にはスコップを持って、一生懸命に土を掘り、慎重に花の苗を植え、肥料や水をあげていた。

 

「花矢くん! また来てたんだね!」


 すぐ隣からシャンプーの香りなのか、花のようないい匂いがして、僕の真横に桐庭さんがしゃがみこんできた。


「桐庭さん…。」


「ね、あたしも手伝っていい? なんだか面白そうっていつも見てたんだ!」



 その時の僕がもしも花なら、彼女は太陽に見えた。

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