第21話 愛の品評会(後編)
僕は売り場に立っていても、ユリさんを問いつめるべきかどうか考えるばかりで、どうすればいいのかわからなかった。
「仕事に身がはいらぬようだな。いくつか手紙が来ていたぞ。」
ジェシカさんが近づいてきて、僕に手紙を渡してくれた。
「どうすればいいか、わからないんです。」
「店主殿はユリ殿にはやさしいからな。」
僕は手紙を読んで、ジェシカさんのいたずらっぽい視線からのがれた。
手紙はわるいしらせだった。
「そんな…。注文キャンセルなんて!? これも、この手紙も…。」
「ふむ。かわりにガデニング花壇という店から花を買うと書いてあるな。」
冷静なジェシカさんを見ていると、僕も落ちついて思い出すことができた。たしか、副会長さんも花屋さんを経営していたはずだった。
「ガデニング副会長の店だ!」
「なるほど。顧客名簿がもれたせいだな。私たちの店より安くしたのであろうな。」
僕は落胆しながら最後の手紙を開けた。僕の手が震えるのを見て、ジェシカさんが不安そうな顔をした。
「またキャンセルか?」
「違います! 大チャンスです!」
手紙は花き商会長さんからだった。
なんでも、近々に王国と新帝国の貴族同士でパーティが開かれるらしい。
それに飾る生け花が大量に必要だけど、粗相があったらいけないので品評会をしてから担当する花店を決めるという。
「僕に、品評会に出品してほしいって!」
「やったな! 店主殿!」
僕は思わずジェシカさんと抱き合って喜んでしまい、すぐに離れようとしたけど彼女は逃してくれなかった。
「それにしても、人間族の新帝国と王国は対立しているのではないのか? パーティだと?」
「手紙には、反戦派の貴族たち同士で親交を深めたいらしい、って書いてありますよ。」
「では責任重大だな。私も手伝うぞ。」
手紙を読んだジェシカさんはまゆをひそめた。
「品評会にはガデニング花壇も出るとあるな。ふむ。」
彼女は何かを考えているようだった。
僕は出品する花を慎重に選び、生け方の構想を練った。何枚もラフスケッチを描き、ジェシカさんにも感想を聞いて何度も何度も修正をした。
徹夜してフラフラになったけど、これは貴族たちに名前を売る絶好の機会だった。
その間、ユリさんは何事もなかったかのようにいつも通りに働いていた。
完成した最終のスケッチを見たジェシカさんは大きくうなずいた。
「すばらしい。さすが店主殿だ。これなら私たちエルフの宮殿でも通用するぞ。」
僕はジェシカさんに認められて嬉しかったけど、ユリさんのことが気がかりで素直に喜べなかった。
「店主殿。ユリ殿のこと、結論がでないのか?」
「うん…。」
「そういう時は、素直な気持ちで考えればいい。店主殿は、ユリ殿と品評会のどちらが大切だ?」
「もちろんユリさんです!」
即答した僕にジェシカさんは微笑むと、スケッチを折りたたんで懐にしまった。
「では決まりだな。店主殿、すこしこれを借りるぞ。」
「どうするんですか?」
「店主殿は腹をきめた。わざと目につきやすいところにこのスケッチを置いておく。あとはユリ殿次第だ。」
そして品評会当日。
花き商会本部のだだっ広い会議室に、商会長をはじめとする幹部たちがならんで座っていた。
参加している花屋さんが次々と生け花を発表していき、ガデニング花壇の番がまわってきた。
僕とジェシカさんは会場でその様子をかたずをのんで見守っていた。ユリさんもいて、いつもより元気がない様子だった。
「次は、ガデニング花壇さんの番です!」
ガデニング副商会長は笑いをかみ殺している様子にみえた。発表された作品を見て、会場からは今までにない大きな歓声があがった。
その生け花は、僕のスケッチと全く同じものだった。
「次はアオイ生花店さんか。とりやめるか?」
副商会長さんはニヤニヤしながら僕たちのほうを見た。ユリさんは青ざめていて、今にも倒れそうな雰囲気だった。
「いいえ! 僕たちの作品を見てください! ジェシカさん、ユリさん!」
ふたりはうなずくと、僕たちの前のテーブルから布をとり去った。そこには、鉢植えの花がひとつだけ置かれていた。
それは、胡蝶蘭だった。
会場からは失笑がもれた。
「おやおや! アオイ生花店さんは手抜きですな! まあ確かに見たこともない珍しい花だが。これで採用は私の店に決まりだな。」
ガデニング副商会長は高らかに笑ったけど、ユリさんが会場のまんなかに進みでた。
「ちがいます! 手ぬきなんかじゃありません! ユリがご説明します!」
会場の皆は驚いた様子でいっきにざわめいたけど、商会長さんが手をあげて制した。
「続けるんじゃ、お若いの。」
「ありがとうございます! ユリは…ユリはとりかえしのつかない間違いをおかすところでした!」
副商会長さんがあわてふためいて立ちあがり、ユリさんを指さした。
「やめろ! なにを言いだすつもりだ! 警備員!」
「しずかにするんじゃ、ガデニングさん。」
商会長に叱責された副商会長さんは力なく椅子に沈みこんだ。ユリさんは堂々とした態度で会場を見わたした。
「ガデニング花壇の生け花は、ハナヤさんがデザインしたものです! ユリがスケッチをわたしました。ユリは、ガデニングさんに頼まれてハナヤ生花店のスパイをしていたんです!」
「やめろ! ユリ!」
会場がさらにざわつき、ガデニングさんが叫んだけどユリさんも叫びかえした。
「いいえ、ユリはやめません! これ以上、ユリの話の邪魔をしないで、パパ!」
そのひとことで、室内は静まりかえってしまった。
「本題にもどります。今回のパーティは、平和のための催しなんです。だから、華美な装飾よりも、訴えかける言葉が必要なんです。」
ユリさんは胡蝶蘭の鉢を指さした。
「この美しくて珍しいお花はコチョウランといいます。ユリたちは、このお花でパーティ会場を埋め尽くしたいんです。なぜなら…。」
誰もがユリさんの言葉にじっと聞きいっていた。
「コチョウランの花言葉は、『愛』だからです。愛があれば、争いは避けられるはずだとユリは思います。」
会議室は静寂のあと、おおきな拍手で満たされた。隣を見ると、ジェシカさんも手を叩いていた。
「みごとだ、ユリ殿。」
貴族たちのパーティは成功したらしかった。
僕の店での昼休み。
お祝いにと、ユリさんは手づくりのレモンタルトをふるまってくれた。
「うまくいきましたね。」
「うむ。ユリ殿を試すようなことはしたくないという店主殿のほうが正しかったな。」
あのあと、僕とジェシカさんはユリさんにすべて話して、どうするかを皆で決めたのだった。
「ユリは店長さんを選びました! 改めてよろしくお願いしまーす!」
甘ずっぱいレモンタルトはプロ並みのおいしさだった。
「ユリ殿は花屋よりもお菓子屋さんになった方がよいな。」
「イヤです! ユリは店長さんを見習ったんです。店長さんはご両親の言いなりにならずに、ご自分の夢を実現されました。尊敬します!」
僕は照れるばかりでちぢこまって頭をかいた。ユリさんは僕にふたつめのタルトを切りわけてくれた。
「だから、ユリもパパとは縁を切って、家を出てきました! なので、責任をとってくださいね。」
「えええっ!? 責任って…?」
例によってジェシカさんの目がするどくなった。
「そういえば、店主殿にはまだつぐないをしてもらってなかったな。」
「あ…。さあ、仕事ですね。」
慌てて席をたった僕にジェシカさんが組みついてきて、むりやりお姫さまだっこをされてしまった。
「つぐないは私の部屋でしてもらうぞ。」
「た、たすけて! ユリさん!」
「ユリがたすけたら、責任をとってくれますよね?」
「そ、そんなあ! 誰かたすけて!」
焦る僕を見て、ユリさんはいつまでも楽しそうに笑っていた。
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